先にまとめから~仕事だから、のはずだった~
ただ、仕事だからやっていた。
仕事に徹していただけのはずだった。
だけどいつしか「仕事だから」では説明のつかない思いを注ぐようになっていた。
あなたにはそんな経験、ありますか?
ロス・トーマス『狂った宴』に登場する二人の男、シャルテルとアップショーは顧客を選挙で勝たせるべくあの手この手を繰り出します。その選挙に託す夢も理想もなく、ビジネスとして奔走する彼らでしたが……小粋な会話や水面下の探り合いが、最後に「譲れない何か」に行き着くのを目撃した時、彼らに対するあなたの視線は少しだけ熱さを増しているかもしれません。
こんな方には特におすすめします。
・「駆け引き」「探り合い」というワードが大好物な方
・「やっぱり人間っておもしろいな」と思える本が好きな方
・「最後に見せる意外な顔」を見たい方
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美濃達夫さんとの会話
「なにわt4eさん、先日私の姪っ子がおもしろいことを言ってたんですよ」
ああ、大学生とおっしゃってましたか。
「はい。彼女はファミレスでホールのバイトをしてまして。もともと飲食業やサービス業に興味があったわけじゃなく、通いやすい場所にあったからそこにしただけだったけど、やってるうちにおもしろくなってきたと言うんです」
そうなんですか。おもしろいとおっしゃるのは、具体的にどんな点ですか?
「なんでも、人間のいろいろな面を見られる点がおもしろいんだそうで。品のいい客や悪い客、苦情は言うけど話はちゃんと分かる客やそもそも話の通じない客、本当にいろいろな客がいて、それなりにストレスにはなるけど『世の中にはこんな人間もいるのか』『人間ってこんなこともできるのか』という発見にもなっておもしろい、もしかしたら将来この世界で働くかもしれないと言うんですよ」
なるほど、姪御さんはとても興味深いことをおっしゃいますね。バイトでも大変なお仕事だとは思いますが、楽しんでおられるようで何よりです。何だか、先日読んだ『狂った宴』にちょっとだけ似てますね。
「『狂った宴』? それはどんな本ですか?」
アフリカ西部に設定された架空の国家アルバーティアで行われる選挙を描いた小説です。
あらすじ
時は1960年代、イギリスの植民地アルバーティアは独立に向けて最初の指導者を選ぶ選挙が行われようとしていました。そこへアメリカの腕利き選挙コンサルタント、クリント・シャルテルと若き広告マンのピート・アップショーのコンビが乗り込み、候補者3人のうち国民進歩党党首チーフ・サンデー・アコモロを勝たせるべく奔走します。次第にアコモロ有利の情勢となり、シャルテルとアップショーがしかけたペテンも功を奏してアコモロの勝利は確実と思われましたが……。
クリント・シャルテル──酒飲み・切れ者・人たらし──
「選挙コンサルタントとは耳慣れない職業ですね」
要するに顧客を選挙で勝たせる仕事です。で、そのシャルテルはアルバーティアに来て何をしてるかと言えば、アップショーと一緒に人と会って酒飲んで飯食って、がほとんど。とにかくやたら飲む。そうして票固めをしたり情報を得たりしています。
シャルテルの、まず目を引く特徴はとにかく社交的で口が立つことです。彼自身「だいたいおれは自己反省なんてまねはあんまりしない。(中略)外交的な性分だからな」(P.25)と言ってます。もっとも、ただべらべらしゃべるだけではありません。シャルテルとの接触をアップショーに命じた上司ダフィーには
ミスター・アップショーは最高に礼儀正しかったよ。あと付け加えるなら、超一流のセールスマンだな。なにしろおれがここにいる。(P.44)
とアップショーを絶賛したり、チーフ・アコモロが政治家と経世家の違いを挙げて自分は経世家だと言った時には
理にかなった、また経験にも裏打ちされた区別です(P.71)
と返したりしている。
「読んでみないとはっきりとは分かりませんが、心にもないことを言って褒めちぎってるようには聞こえませんね」
私もそう感じました。もちろん相手の心を開くという計算はあるでしょうが、恐らく本心から言っている。
またおもしろいことに、シャルテルの社交性は「仕事と割り切ったうえでの社交」にも「本当に人間が好きだからこその社交」にも見えるんですよ。その両方のような気はするんですけどね。
「どうしてそう思われたんですか?」
うまくご説明できませんが、どことなくそう思えるんです。シャルテルにはちょっと露悪的なところがありまして、そのせいかもしれません。
「……社交を仕事と割り切る程度には世間ずれしているし、本心から他人を称賛する程度には人間を愛している?」
ああ、そうかもしれませんね。さすが美濃さん、うまく整理してくださいました。
実はシャルテルには、ちょっとおもしろいエピソードがあるんです。
「それは何ですか?」
シャルテルとアップショーが、現地住民の運転手ウィリアムが実家に顔出しするのに付き合った場面です。そこでの宴会に、近所の母親が具合の悪い赤ちゃんを連れてやって来ました。
「ええ。それで?」
シャルテルはその赤ちゃんを民間療法で治してやりました。で、実家を出発する前にウィリアムは弟コボをシャルテルとアップショーに紹介します。コボはめんどりを抱えてしばらく彼らに同乗し、車内でめんどりが産んだ卵をシャルテルに差し出しました。
白髪頭の男がにっこり笑い、卵を受け取った。「ありがとう、坊や」といった。「ほんとにありがとうな」(P.443)
実は私がこの場面に注目したのは「おいらとJazzと探偵小説(ミステリ)と」(←引用元のページへ飛びます)というブログがきっかけです。運営者が本書を紹介されていたのですが、そこで
この世界に完全に絶望し冷めているのだがそれでもなお、自暴自棄にはならず、ひきこもりもせず、自分のやり方で「闘う」という生き方。(中略)そしてシャルテルが産み落とされたばかりの卵を運転手の弟から受け取るシーンは、それでも人を世界を信じるという感動的なシーンで、思わず泣ける。(「おいらとJazzと探偵小説(ミステリ)と」より)
と書いておられ、恥ずかしながら「あ、そんなシーンあったっけ」と思って本全体を再読しました。
「なにわt4eさんはそのシーンをどう思われましたか?」
正直なところ「なるほど、そういう読み方もできるな」というくらいで、なぜか私はそれほど琴線に触れるものを感じませんでした。とは言えシャルテルが、またアップショーも、冷めてはいるもののニヒルになってしまうことはなく、信じる価値のあるものを探そうとしているようには思います。それを希望と呼べばいいのか何と呼べばいいのか、それは分かりませんが。
「……それが『それでも人を世界を信じる』なんでしょうか」
そうかもしれません。
「ところで、先ほどペテンがどうとかおっしゃってましたが」
ええ、物語後半でシャルテルは同じ選挙を競う2陣営を自滅させる作戦、彼言うところの「漁夫の利作戦」を立案します。詳しくはお読みいただきたいと思いますが、巧みにライバル陣営を手のひらで転がしてますよ。
ピート・アップショー──控えめ・文才・どこかが一途──
「で、もう1人の人物アップショーについて教えてください」
シャルテルが「動」ならアップショーは「静」でしょう。ボスであるシャルテルを含めて常に他人を立てる。控えめと言うより、実務と観察に徹するタイプと言った方が正確かもしれません。実際、引っ込み思案とか気が弱いとかいう人物ではありません。海辺で出会ったアン・キッドとその日のうちに恋人同士になったり、自分とシャルテルが滞在する屋敷で殺人が起きても全く動揺していなかったりですから。
彼はスピーチライターとして選挙戦に加わっていますが、陽気でも仕事にはシビアなシャルテルが「おまえは世界で三番目の広告屋だ」(P.517)と言うだけあって筆力は確かです。
「アップショーが書いた原稿が紹介されてるんですか?」
いいえ。ただ、作品全体がアップショーの視点で書かれた一人称文体なんですが、これが非常に巧みに書かれていて引き込まれるんです。そういう形でアップショーの筆力を表現するというのはおもしろい手法だと思いました。もっとも、それは作者の文体だろうと言われてしまうと返す言葉もありませんが。
アップショーにも、1つおもしろい点があります。
「それは何ですか?」
呼び方です。シャルテルは時々彼を「ピーティー」と呼びます。アップショーは初め
「呼ぶならピーターで」私は業を煮やして言った。「ピートでもミスター・アップショーでも、おいおまえでもいいですけど、ピーティーだけは勘弁してくれませんか」(P.32)
とそれを嫌がるんですが、物語中盤あたりからは「ピーティー」と呼ばれてもなんとも言わなくなる。
「それはまたどうして?」
そこははっきりと描かれてないんですよ。ですので
・シャルテルに対する我慢、あるいはあきらめ
・シャルテルに信頼を寄せるようになったあらわれ
これらのどちらとも解釈できますが、アップショーはシャルテルを立てつつも意見や要望はしっかり伝えていますから、後者と考える方が自然かもしれません。
そして、これは次の章で詳しくお話ししますが、ビジネスや利益だけで動いているように見えて彼にはどこか一途なところを感じました。具体的にはご説明しにくいのですが、例えばアップショーのあるアイデアを「おい、おまえさんは学んでるな! りっぱな曲者(くせもの)になれる素質がある」(P.410)と絶賛するシャルテルに返した
達人の下で修業しましたからね。インスピレーションの塊みたいなひとの下で(P.410)
という言葉です。信頼できるボスには全力で貢献しよう、そのボスから学ぼうという心根があらわれている気がするんですよ。シャルテルが赤ちゃんを治療する時いっさい口を挟まなかったところもそうかもしれません。そして何より、物語の最後でアップショーが取った行動にも一途さのようなものを感じました。
「どんな行動ですか?」
それは次にお話ししますよ。
譲れないもの
で、その最後ですが、実は選挙戦終盤にある大きな事件が起き、その事件のためにシャルテルとアップショーは軍から24時間以内の国外退去を求められます。
「彼らはアルバーティアを去ったんですか?」
さあ、そこです。シャルテルは身の危険を承知の上でアルバーティアに残りました。アップショーにも残るよう呼び掛けたものの、アップショーはアメリカに戻ります。一方アップショーの恋人アン、シャルテルの恋人クロード・デュケインは身を潜めてシャルテルと行動をともにします。
「シャルテルは残ったんですか? それはまたどうして?」
おれは漁夫の利を奪われて、それで腹を立てて馬鹿なまねをしてるのかもしれん。だがおれの一部はもうここに縛られてる。(中略)やつらはおれが得てきたものをぜんぶ奪った。おまえにわかるかどうか知らんが、おれはそいつをとりもどすためにやってみるつもりだ。(P.515)
あなたは逆上しているだけだと言うアップショーにシャルテルが返した言葉です。
「もうここに縛られてる、とはどういうことでしょう?」
シャルテル自身は明言していないので、私の解釈としてお話しします。本人の言うには、シャルテルには黒人の血が64分の1流れています(P.26)。そこから来るルーツ意識、そして仕事を台無しにされたことや顧客が理不尽な目にあわされたことへの怒りがシャルテルをアルバーティアに縛っているのではないかと思います。そしてその根底には、人間としての誇りや意地があったのかもしれません。
そしてアップショーはアメリカに戻るのですが、シャルテルからのメッセージに押されてか、再びアルバーティアでシャルテルたちと行動をともにする決意を固めました。
「シャルテルへの忠誠心ですか?」
そうかもしれません。あるいはシャルテル、アン、クロードへの仲間意識か、アルバーティアで選挙戦を戦った日々に自分なりの落とし前をつけたかったのか。ともかくシャルテルもアップショーも、それぞれの「譲れないもの」のためにアルバーティアに身を置き続ける決心をしたのだと思います。
それぞれの恋人クロードやアンにも似たものを感じました。彼女らは物語上の存在感はいまひとつですが、ただ男についていくだけの無力で意思のない存在ではありません。亡き夫から酒販ビジネスを引き継いだクロードやボランティアの教師として働いていたアンも、恐らくそれぞれにとっての「譲れないもの」に従ってシャルテルと行動を共にし続けています。事実、シャルテルがアップショーに送ったメッセージも、クロードが託されてさらにアンがアップショーに伝えたものですしね。
「作者のロス・トーマスは、彼らがアルバーティアに残る理由をはっきりとは描いてないようですね。もしかすると、読者に『どんな理由で彼らはアルバーティアに残ったのか?』『自分だったらどうするだろうか?』を考えさせようとしているのかもしれませんね」
ああ、そうとも考えられますね。少なくとも、そのつもりで読んだ方がおもしろい気がします。
感想
「なにわt4eさんは『狂った宴』を読んでどう思われましたか?」
裏表紙には「政治的カオスが激化し、暴力描写も苛烈な、悪党どもの騙し合い」とありますが、シャルテルたちのやってることは意外とクリーンです。何と言うか、ちょっとやさぐれたビジネス小説という趣です。
何よりおもしろいと思ったのは、やっぱりシャルテルたちのアルバーティアに残る決断です。それも、一度アメリカに戻ったアップショーをのぞけばみな、熟慮の末に残ったわけではない。事件が起きてすぐに決断した。まるで、腹の底から噴き出したものに従うように。あくまで仕事として選挙戦を戦っていた彼らが、そういう理に合わない行動をとったところに「ああ、人間ってそういうとこあるかもな」というおもしろさを感じたんですよ。
他におもしろかったのは「こいつらいつでも飲んでるな」という点です。
「何ですかそれ?」
いや、本当にひっきりなしに飲むんですよ。朝食で飲む、ランチで飲む、もちろん夕食でも飲む、しかもそのまま運転する。
「今じゃ絶対ダメですよね」
ええ。舞台である1960年代ならではのゆるさでしょうか、もう本当にコーヒー感覚で飲んでます。
実は、私はこういうハードボイルドを読むことってあまりないんです。嫌いなわけじゃないんですが、それほど興味もなくて。
「ではなぜ『狂った宴』を?」
作者のロス・トーマスが、私にとって永遠のNo.1ムーヴィーである『ブラッド・イン、ブラッド・アウト』の原作者なんですよ。原作者と言っても彼の小説を映画化したものが『ブラッド・イン、ブラッド・アウト』というわけではなく、脚本の土台になる物語を書いたということみたいですが。それでかねてより関心を持っていたんです。で、最近彼の作品が新しく翻訳されているので読んだんです。今新潮文庫で出ているのは本作の他に『愚者の街』『悪党たちのシチュー』で、『愚者の街』は何年か前に読みました。『狂った宴』と比べるとニヒルな雰囲気でしたね。いずれ折を見て再読したいと思います。
『狂った宴』でロス・トーマスに関心を持たれた方へ
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・『ブラッド・イン、ブラッド・アウト』
イーストLAに生きるチカーノ(メキシコ系アメリカ人)兄弟の複雑に絡み合う運命を通じて、チカーノたちの悲しみ、怒り、そして喜びをダイナミックに描きます。2024年には舞台となったイーストLAで、2023年で公開30周年を迎えたことの記念イヴェントが開かれたほど根強く愛される、隠れた大傑作! ただ、ギャング抗争がテーマの一つとなっているので血なまぐさいシーンが多く、正直申し上げて観る人を選びます。
・『愚者の街』
「感想」で申し上げた、ロス・トーマスの他作品です。『狂った宴』のシャルテルたちが基本的に陽気でどこか人間好きっぽいのに対して、本作の主人公ルシファー・C・ダイはかなりニヒル。そのせいか、作品全体に不穏な空気が漂っています。彼に持ち込まれた依頼「街をひとつ腐らせてほしい」とは!?
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