『みいちゃんと山田さん』第3巻(亜月ねね)「佐藤君じゃなくても もう全然 寂しくないや」

目次

先にまとめから~初恋の影響と友情のゆくえ~

「初恋」──人によって、いろいろと意味するものが変わる言葉かもしれません。
 宝物みたいに大切な記憶だったり、
 黒歴史だったり、
 これと言った記憶がなかったり。
 初恋があったかなかったかということも含めて、初恋のあり方がその方の人生に大きな影響を与える場合もあると思います。

 では『みいちゃんと山田さん』の主人公、みいちゃんは? 彼女には初恋の経験はあったでしょうか? あったなら、それは彼女の人生にどんな影響を与えたでしょうか? そして──みいちゃんと山田さん、二人の友情のゆくえは?

 都会の片隅で肩寄せ合って生きる二人に、少しばかり思いをはせていただければ幸いです。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『みいちゃんと山田さん』がアニメになるそうですね」

 らしいですね。確かに話題作だから、言われてみればあっておかしくない話ではあるものの、いろいろ意見は分かれているようです。

「第2巻までのお話しをお聞きして、センセーショナルなだけの鬱マンガではないとは私も感じてますが、アニメでそれが十分に表現されるかどうかとなると……」

 そこが難しい点だと思います、長編漫画が原作のアニメって話をはしょってしまうことが多いので。

「まずは第3巻についてお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 ええ。むしろ内容的に、このタイミングだからこそお聞きいただきたいです。

あらすじ

 みいちゃんの思い出話は中学生時代に入りました。中学校でもみいちゃんは問題行動を繰り返しますがあるきっかけでそれが影を潜め、友達もでき始めます。しかしそれをおもしろく思わない同級生がおり、みいちゃんの人生に大きな暗い影を落とす出来事につながります。

 話は現在に戻り、みいちゃんのDV彼氏マオがエフェメールに来店します。山田さんはみいちゃんをマオから守ろうとし、みいちゃんにもささやかな変化が起きます。

みいちゃんの中学校生活

「みいちゃんの問題行動が影を潜めたきっかけとは何ですか?」

 同級生である佐藤との出会いです。みいちゃんは保健室でベッドを譲ってくれた佐藤に「お大事に」と言われ、自覚しているかどうかは分かりませんが佐藤に一目ぼれしました。

「そこはそれなりに微笑ましいですね。友達もできたんですか?」

 ええ。佐藤に嫌われたくない思いから問題行動が収まってくると「みいちゃんって意外と普通で、おもしろい子」と思った同級生が周りに集まり始めました。

「それですんでおればいいのでしょうけど、先ほどのお話しだとそうではなさそうですね」

 そうなんです、残念ながら。

 また第3巻の冒頭では、小学校の先生と中学校の先生が打ち合わせをしています。クラス分けのために小学校から情報提供する、いわば引き継ぎです。この場面を見ますと、須崎先生のようにみいちゃんを親身に見てくれる大人が中学校にはいなかったことがうかがわれます。それも、後々みいちゃんの人生を暗い方向に動かしたものの一つでしょう。

「両想いになれる方法」……?

「で、みいちゃんに何が起きたんでしょうか?」

 脅すわけじゃありませんが、覚悟してお聞きください。みいちゃんが人気者になり、特に佐藤と仲良くしていることに同級生女子の雪奈は苛立ってました。佐藤に好意を持っていたと思われます。雪奈のそんな様子を見た友人、これも女子ですが、彼女がみいちゃんに「佐藤君と両想いになれる方法」を吹き込むんです。それを真に受けてしまったみいちゃんはコンドームを万引きしました。それが噂として広まって、みいちゃんはクラスでたちまち孤立します。

「……(絶句)」

 加えて何者かの手引きにより、みいちゃんは学校の不良どもから集団レイプを受けて処女を失いました。さらに、これが佐藤と両想いになる方法だと思い込んだみいちゃんは佐藤を誘い、佐藤から絶交されます。

中村さん 僕はね 君の邪気のなさというか… 人間の下心がない感じが結構居心地よかったんだよね 性愛を感じない関係が良かったのに(第13話「オンナノコドモ」)

「……それが第1巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)の時におっしゃっていた『貞操観念がかなりズレていて、性的に奉仕することが彼女にとって自分の価値を実感する方法、あるいは安全に生きる方法になってしまっている』のきっかけですね」

 断定は控えますが、そう考えるのが最も自然でしょう。ズレていると言うか、貞操観念や自尊心を破壊されたと言った方がよさそうです。その後みいちゃんは見境なしに男と関係を持ちますが、破壊された自尊心を何とか埋め合わせしようとしていたのかもしれません。
 後日(着衣の乱れやあざからすると、何者かにレイプされた後?)みいちゃんが佐藤と雪奈……かどうかは分かりませんが、そう見えるカップルを目撃して

佐藤君じゃなくても もう全然 寂しくないや(同上)

と笑いながら涙を流す場面があります。

「……何と言うか、『痛ましい』以外の言葉が浮かんできません」

 同感です。この辺について思うことはいろいろありますが、それは感想をお話しする時にお聞きいただきたいと思います。かなり力が入ってしまいそうなので。

「分かりました、ではその時にお付き合いします」

みいちゃんの変化

「そういう体験が、マオというDV男を引き寄せた要因でしょうか」

 唯一かどうかはともかく、大きな要因ではあるでしょう。美濃さんが第2巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)の時おっしゃったみたいに、クズに限って自尊心の低い人を的確に見分けますから。ただ、第3巻ではわずかながらみいちゃんに変化が見られます。

「と、おっしゃいますと?」

稼ぎが悪いと言ってみいちゃんに暴力をふるうマオに

みいちゃん殴られるの… もうヤダ!! 契約とかお金とかもうヤダ!! 山田さんならそんなこと言わないもん!!(第16話「愛は見にくい」)

と初めて抵抗するんです。その時、みいちゃんの頭には山田さんの面影が浮かんでいました。

「山田さんはそれなりにみいちゃんを大切にしていたんですよね。そんな山田さんの影響で『自分は大切に扱われていい人間だ』という思いが芽生えたんでしょうか」

 そう考えてよさそうです。マオがエフェメールに来店した時も山田さんは(こいつが例のDV男か)と知って牽制し、みいちゃんを守ろうとします。そんな山田さんを見て、自分を大切に扱う気持ちが芽生えたんでしょうね。もっとも、最後は何者かに殺害されてますから、素直にこのエピソードでみいちゃんの未来に希望を抱くのは難しいですが
 またおもしろいことに、山田さんも山田さんで変化の兆しが見られます。

「どういうことですか?」

 みいちゃんと話しながら、自分と母親の関係を見つめ直している節があります。何より、大学生活にもしらけていてキャバクラの仕事も情熱的に打ち込んでいるわけでなく、わりと漂うように生きている山田さんが、みいちゃんの思い出話を聞いた後に

この世界は辛くて悲しいことも多いけど そればっかりじゃないとも思う なるべく楽しく元気に生きていこうね(第14話「ぐうぜん」)

とみいちゃんに言っている。これは、彼女なりに自分の生き方を選び始めた表れのように思えるんです。第4巻でもそうした変化がうかがわれますよ。

「楽しみにしておきます」

感想

「第3巻を読まれて、なにわt4eさんはどう思われましたか?」

 何より、みいちゃんの凄惨な少女時代に胸が苦しくなりました。同級生には騙されるわ集団レイプには遭うわ、誤った性知識を吹き込まれたせいで佐藤から絶交を言い渡されるわ。そりゃその後の人生が歪んでも不思議じゃありません。

 それではみいちゃんに嫉妬心を燃やして彼女が孤立する遠因を作った雪奈、みいちゃんを陥れた女子、みいちゃんを輪姦した不良ども、彼女を慰みものにした男どもはどうでしょう。作品で読む限り、彼らはそれなりに日のあたる世界で生きています。

 ネットではみいちゃんを「害獣」などと呼ぶ声が多く聞かれます。みいちゃんが他人に害を与える場面が多いことは確かです。そこが非難されるのは分かります。しかし、みいちゃんが「害獣」であるなら、彼女を陥れた奴、彼女を食いものや慰みものにした奴らは何なんだ!? みいちゃんが日陰の世界に追いやられて最後は殺されたのに、奴らはどうして日の当たる世界で人間合格の扱いを受けているんだ!? と、私は頭を抱えずにいられないんですよ。雪奈はただみいちゃんに嫉妬しただけで、自分が何かしたとかやらせたとかではないのでまだしもなんですが。

 そして「佐藤君じゃなくても もう全然 寂しくないや」というみいちゃんの言葉は、美濃さんがおっしゃる通り「痛ましい」と言うほかありません。初恋を含めた自分の人生を諦めることで、受けた傷との折り合いを何とかつけようとしているように見えてしかたない。

「……みいちゃんが諦めるべきことじゃないでしょうにね……」

 そうです。

「ところで、『内容的に、このタイミングだからこそお聞きいただきたい』とは?」

 アニメ化が物議をかもしている今だから、という意味です。反対意見はおおむね「障害を露悪的に描いており、差別を助長しかねない。現に、『みいちゃん』という呼び方が障害者を揶揄する言葉として使われている」「性の売買が面白半分に描かれている」「しかもそのアニメ化を津久井やまゆり園の事件から10年後にあたる日に発表するのは無神経すぎる」というものであるようです。実際、センセーショナルであることは確かですし、先のような意見を完全に否定することは難しいでしょう。

 ただ、この作品はみいちゃんの、ひいては人間の尊厳を問い直す作品でもあると私は思うんです。特にこの第3巻は。こんなに凄惨な人生を生きて、日の当たらない世界に追いやられ、最後は殺されたみいちゃん。彼女が生まれた意味は何だったのか? 彼女に救いはなかったのか? 彼女を呑み込んでしまった理不尽をどう考えればいいのか? そういう問題を、本作は声高には訴えていません。ただ、底の方まですくってみればそんな問いがひっかかる。アニメ化に反対であれ賛成であれ、少しの時間でいいのでその議論から身を引いて、そんな問いを考えていただければ一読者として私はうれしく思います。

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『同意なんかしていない 性被害者たちに何が起きたのか』(菊池真理子)
 ご自身も性暴力サヴァイヴァーである漫画家・菊池真理子氏が様々な性暴力被害者の体験を聞き取った、ルポルタージュ的な漫画。性暴力被害者の思いや反応は、読む前に私が読んだり想像したりしていたよりはるかに複雑で多様でした。

セックスに価値なんかない 大事にするようなものじゃない 自分にそう思いこませて 私たちなんとか生きてきたんじゃないですか(第6話)

 あるサヴァイヴァーの言葉ですが、「もしかしたらみいちゃんもそうかも……」と思いました。みいちゃんは自分から声をかけて肉体関係を持つことも多かったですが、本当にそれは合意と言えるのか? 本書を読むとそんな疑問が浮かんできます。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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