先にまとめから~がんばって生きているんだよ~
どなたでも、ある程度の年齢まで生きてこられたら何かしら長年の悩みや困難ってあるんじゃないでしょうか。例えば、
「やりたいことを、なぜかやれない」
「いくらがんばってもうまくいかない」
といった具合に。
今回第2巻をご紹介する『みいちゃんと山田さん』には、そんな困難を抱えた人たちが登場します。彼女たちは長年の悩みを抜け出すことができるでしょうか?
そして──みいちゃん。悲惨な最期がはっきり示されているみいちゃんですが、彼女にも幸せはあるのでしょうか?
簡単には結論の出ない問題てんこ盛りの『みいちゃんと山田さん』。その作品世界で、不器用だけど懸命に生きている彼女たちに、ほんの少しでも心を向けていただければ幸いです。
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美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、YOUTUBEを見ますと『みいちゃんと山田さん』関連の動画って多いですね」
そうですよね。私のおすすめにもよく出てきます。精神科医がしっかり分析しているものがあったり、素人の面白半分だったり、まあ玉石混淆もいいところですが。
「私も最近第1巻を読んだんですが、最後にみいちゃんが殺されることが示されているというのはやっぱりインパクトが大きいですね」
ええ、犯人を推理して楽しむ向きもあるようです。美濃さんは第2巻以降は読まれましたか?
「いいえ、まだなんです。第2巻の話を聞かせていただけますか?」
喜んで。
第2巻のあらすじ
みいちゃんは客からハムスターを譲り受け、それがきっかけで山田さんは時々彼女の部屋を訪ねるようになります。ある時みいちゃんは山田さんに自分の幼少期を話し始めました。
小学校に入学したみいちゃんは担任から執拗にからかわれ、そのせいもあってクラスで孤立します。3年生で担任となった須崎先生はうって変わって優しく熱心な先生でした。彼女はみいちゃんの将来を考え、母親と祖母に特別支援学級を提案しますが……。
みいちゃんの「愛され方」
実は第2巻でみいちゃんの彼氏マオが登場しますが、実はこいつ、とんだDV野郎です。
「DV!? みいちゃんを殴るんですか?」
殴るわ金を巻き上げるわ人格否定はするわ、同僚キャバ嬢ココロの言葉を借りれば「フルコース」(第9話「百万回の殴打」)。一方、店にはみいちゃんとの結婚を本気で考える常連客シゲオもいますが、こいつはこいつで、自覚はなさそうですが自分のプライドと性欲を満たすことだけが目的。第1巻をご紹介したとき美濃さんが推察された通りの、極めて歪んだ愛され方です。
「なんでそんなクズばかり寄ってくるんでしょう?」
私の思うにはですが、以下の二つがその原因です。
・そういうクズにとって「知的障害・若い女性・従順」というみいちゃんは何よりのオモチャ。
・幼少期まともにケアされなかった経験と、後々明かされる少女時代の不幸な経験によってみいちゃんは「肉体だけが自分の価値」と思い込んでしまっている。
「確かに、クズほどそういうことを一発で見抜きますからね。でも、どこかにそういう思い込みを脱却するきっかけはなかったんでしょうか? 彼氏でなくても誰かまともな大人が近くにいれば話は変わったでしょうに」
まったくなかったわけではありませんが、そのきっかけが実を結ぶことはありませんでした。
「何故ですか?」
一つ目は、近所の偏見と閉鎖的な家庭環境です。みいちゃんの両親も恐らく知的障害があり、加えて二人が実の兄妹という家庭環境のせいもあって近所から白い目で見られてました。彼らと同居するみいちゃんの祖母も近所の眼を恐れて、交流を持ったり支援を受けたりしません。
二つ目は、一つ目と重なりますが3年生での担任・須崎先生を母親と祖母が拒絶したことです。1~2年生時代の担任はみいちゃんを執拗にからかい、クラスメイトもその影響を受けてしまってました。うって変わって須崎先生は熱心で優しく、他の生徒がみいちゃんをからかっていたらそれをたしなめてくれていたので、みいちゃんも須崎先生を慕います。みいちゃんを案じて須崎先生は特別支援学級への編入を提案するのですが、母親は「みいちゃんをバカ扱いした!」と激怒し、祖母も祖母で近所の眼を恐れて──もっとも(それがみいちゃんのためにはいいんだろうか)と迷うのですが──提案を拒絶します。
みいちゃん自身も須崎先生と思いがすれ違ってしまい、小学校に行かなくなりました。
三つ目として、みいちゃん自身の問題行動もあるでしょう。第1巻でコンビニのパンを万引きしたみたいに。ただ、これは「みいちゃんが周囲とまともに関われない」ことと「周囲がみいちゃんとまともに関われない」ことが相互作用している気がします。
「第1巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)で山田さんも言ってましたね、『どこかにちゃんと叱ってくれる人がいるのかな』(第5話「みいちゃんの友達」)と」
ええ。それらの要因が災いして、みいちゃんの周囲にはまともに彼女のためを考える大人が一人もいませんでした。これでは長じたみいちゃんが自分を大切に扱える方が不思議です。
ただ、今美濃さんがおっしゃったように、山田さんはみいちゃんのことを気にかけています。そして第3巻以降でみいちゃんは少しずつ変化しますし、山田さんも、過度に教育熱心な母親に、自分のほしいものを買ってもらえなかった過去から
今でも私は ママが「嫌い」と言っていた漫画やゲーム 可愛い洋服を買う時に 罪悪感を感じてしまう 「ママごめんなさい」って(第5話「みいちゃんの友達」)
と感じていたんですが、そこから少し自由になったみたいです。
「二人とも幸せな方向にゆっくり進んでいるように思えますが、みいちゃんの最期を考えると複雑な思いがしますね」
同感です。
支援が必要な人ほど……
「そう言えば、どこかでこんな言葉を聞いたことがあります。『支援が必要な人ほど支援にたどり着くのが難しい』『本当の弱者は、助けたくなるような姿をしていない』もしかして、これそのままみいちゃんに当てはまってませんか?」
おっしゃる通りです。一つにはみいちゃん自身の問題行動が他人を遠ざけてしまう側面があります。もう一つには行政なりNPOなりに接触できる行動力と、制度を理解するだけの知識がなければ支援制度をなかなか利用できない側面もあります。みいちゃんも、マオに殴られて腫れた顔で出勤した時にココロからそれは立派なDVだから行政に相談しろとアドバイスされるのですが、どこに相談すればいいか分からず立ち尽くしてしまいます。そもそもみいちゃんの家庭にしてからが支援を受けようとする様子がなかったので、みいちゃんも「助けを求める」ということがピンとこないのかもしれません。
比較のために単純化しましょう。知的障害があって経済的にも困っている、だけど言動は穏やかで人付き合いにはおおむね問題ないAさんと、同じレベルの知的障害があって経済的にも同じくらい困っている、加えて他人への暴言や暴力もあるBさん。どちらが支援を受けやすいでしょう?
「Aさんでしょうね、そのことの良し悪しはともかく」
ええ、この2人で比べるとどうしてもAさんの方が支援を受けるチャンスに恵まれやすい。そもそも支援の情報も、Aさんには届きやすいけどBさんには届きにくいということもありうる。もちろんこれは暴言や暴力に目をつぶれということではなく、支援を必要とする原因そのものがその人を支援から遠ざけてしまうことがあるということなんです。
「とは言え、放置するのも筋が違うような……」
おっしゃる通りです。「本当の弱者は、助けたくなるような姿をしていない」という言葉はその後に「だからこそ法や制度が必要だ」を補って解釈するのが最も建設的だという意見を聞いたことがありますが(障害者ドットコム、2025年12月26日)、そう考えれば私としてはしっくりきますね。
ひっかかったこと──あなたはどう思いますか?
「お話をお聞きしてて何となく思ったのですが、他にも色々と気になる点があるのではないですか?」
お見通しですね、その通りです。一つ目は
障害者が子どもを持つこと
です。旧優生保護法による不妊手術をめぐる裁判の影響でしょうか、時々「障害者が子どもを持つな」という意見を聞きますよね?
「ええ。みいちゃんの家庭を見ていてそれを思い出されるんですか?」
はい。彼女の両親はどう見ても養育能力が低く、虐待も見られます。祖母もみいちゃんの出生にはむしろ絶望しています。
生まれてしまった…… 夫と離婚して女手ひとつで 大変な子供二人を成人まで育てて その結果がこれか……(第10話「ママ×パパ」)
「旧優生保護法は正しいと言う人は、そういった例を見てそう言うんでしょうか?」
恐らく。あるいは、「周囲のサポートありきで考えるな」「生まれた子どもも障害児だったらどうする」とか。両親が障害者という人が「障害者は子どもを持つな」と発信する動画もどこかで見たことがあります。自分のような苦労を子どもがするから、ということだったと記憶しています。
「……とは言え、『だから障害者は子どもを持つな』とか『不妊手術しろ』とかいう意見も、それはそれでうなずきがたいものがありますね。何と言うか、断言や極論が好まれるネット空間と同じ調子で現実を見ていいのかというためらいを感じます」
私もそうなんですよ。障害のある両親から生まれて苦労する子どもも現実にいるし、結論付けるのは難しいと思うものの、子どもを持つかどうかは当の二人が決めることだということも事実ですから。
もう一つは、
特別支援教育
です。障害のある子どもは専門のクラスや学校に通いましょう、という考え方ですね。
「そこで専門的なサポートや教育を受ける、ということですよね? 何がひっかかるんですか?」
結局は障害者と健常者の分断につながっていないか? ということです。
「あ、そう言えば『きみと一緒に通いたい』(←本ブログの紹介ページへ飛びます)がまさにそれをテーマにしてましたね」
はい。もちろん、須崎先生が言っていた
特殊学級のメリットは その子に合った専門的な教育ができることです 実衣子さんが普通学級にいても 付いていけないまま無意味に6年間を過ごすことになる! 特殊学級なら実衣子さんのいい所を伸ばしてあげられるし 時間を守らせたり社会のルールを教えたり 生活に必要な力をちゃんと学べる(第10話「ママ×パパ」)
という点は見逃せません。
「ただ、そうした能力も結局は科目の能力が影響する部分があるとか、場合によっては普通学級だからこそ社会のルールが体に染みつくとか、そういう面もあるかもしれませんね。素人考えですが」
的外れなことはおっしゃってないと思いますよ。私も、インクルーシブ教育(※1)に基本的には賛成ですが、迷っている部分もかなりあります。ただ日本が国連から、インクルーシブ教育が進んでいないことを指摘されている(※2)ことは覚えておく必要があるでしょう。
そして「障害者が子どもを持つこと」「特別支援教育」これらの議論はリンクしている気がするんです。
「障害者の人権をどう考えるかという点で、ですか?」
ええ。
※1……狭い意味では、障害児も健常児も分けずに一緒に学ぶ教育。広い意味では、性的マイノリティや外国にルーツがある子どもなども含め、多様な子どもが一緒に学ぶ教育。この記事では主に狭い意味でのインクルーシブ教育をさす。
※2……2022年8月「障害者の権利に関する条約」に基づいて国連から日本へ、障害児と健常児の教育が分かれている点への懸念が表明された。
ニナちゃんの生きづらさ
他にも第2巻では触れておきたい人物がいます。
「どんな人物ですか?」
新人キャバ嬢ニナちゃんです。入店当初は問題なかったものの忘れ物が頻発したり客を励ますつもりで無神経なことを言ってしまったりと、失敗が目立ち始めます。山田さんいわく「みいちゃんとはまた違うタイプの変な人」(第7話「普通に生きてきた」)。ニナちゃんもこんな風にそれを自覚しています。
みいちゃんほどバカじゃないけど平均よりは劣ってる それを自覚できる程度の頭は持ってる…… それって一番キツくない?(同上)
「時々聞きますね、ボーダーラインというのか境界性知能というのか、正確に何というのか分かりませんが」
作品の舞台は2012年ですが、現在なら何かしらの診断がつくかもしれませんね。作中でも「ニナちゃんの特性を語る言葉が世間に広まるのはまだ少し先である」(同上)と書かれています。ただ単行本オリジナルの巻末マンガでニナちゃんのその後が描かれているのですが、これに励まされる人もいるんじゃないでしょうか。
感想
「なにわt4eさんの感想をお聞かせください」
興味深い点の一つは、山田さんの変化です。少し自由になったのはみいちゃんとの交流によるものでしょうね。
「第1巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)のお話をしていただいた時に『無自覚ながらみいちゃんが山田さんの自立を導いている側面』とおっしゃってたのはそれですか?」
ええ、そして今後みいちゃんも少しずつ変わっていきます。凄惨な場面も多い作品ですが、それにゲンナリせずに読めるのはそうした登場人物の変化もきちんと描いているからではないでしょうか。
他にもニナちゃんの微妙なヒエラルキー意識とかココロがみいちゃんにDVの相談窓口を教える場面とか、興味深い点はいくつもあるんですが、もっとも強く心に残ったのは須崎先生です。須崎先生を中村家が(みいちゃんの実家です)受け入れていればみいちゃんはそれなりに日の当たる世界で生きていたかもしれません。
最後にみいちゃんは須崎先生を誤解して学校に行かなくなるのですが、この時須崎先生はみいちゃんに対して笑顔を崩しません。笑顔の須崎先生は胸にどんな思いを抱いていただろう、誤解された悲しさだったのか、みいちゃんの力になれなかった無念さなのか、自分は決定的なミスをしたかもしれないという後悔なのか……と想像すると胸が苦しくなります。
「……なにわt4eさんが花を手向けたいと願っておられるのはみいちゃんだけではないかもしれませんね、死者生者問わず」
そうかもしれません。
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第1巻の関連書籍としてご紹介した『刑務所しか居場所がない人たち』の著者によるルポルタージュ。服役中に多くの障害者を見たことが本書執筆のきっかけとなっています。社会の主流に適応できず、福祉からもこぼれ落ちてしまい、刑務所以外に安住できる場所がない障害者を山本氏は大勢見てきました。
かろうじて再犯者になることを免れている者も、「路上生活者」「ヤクザの三下」「閉鎖病棟への入院」そして「自殺者」や「変死者」になっていたりと、それは、あまりにも切ない現実の数々だった。
──福祉は、一体何をやっているんだ。
すべての福祉関係者に向かって、そう叫びたくなる。もちろんそれは、私自身に対してもだ。(P.282~283)
もしみいちゃんを山本氏が見たら、同じことを叫ぶかもしれません。
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