2026/8/25
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ごあいさつ
こんにちは、なにわt4eです。いつも本ブログをお読みくださり、本当にありがとうございます。
熊本の地震、千葉の豪雨、そして茨城の地震と自然災害が続いています。そうでなくても災害級と言われる暑さの中、現地の方々のご苦労はお察しするにも余りあります。みなさんのご無事とご健康を、心よりお祈り申し上げます。
さて、読者さんご来訪ありの連続日数記録は2026年8月24日現在で558日を記録しました。みなさま、いつもお読みくださり本当にありがとうございます。まだまだ無名の零細ブログですが、
「誰かが今日も読んでくださった」
この事実が何よりの励みになります。また、海外からもほぼ毎日ご来訪をいただいております。ほとんどの記事は日本語なので、海外在住の日本人の方か日本語が堪能な外国の方でしょうね。これからも、皆様にお楽しみいただけるよう熱量満載で記事を書いてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
現在、人気記事四天王のラインナップは以下の通り。
・『レディ・ジョーカー』(髙村薫)人間とは?組織とは?
・『ここは今から倫理です』第7巻(雨瀬シオリ)なんで殺しちゃいけないの?
・『ある行旅死亡人の物語』(武田惇志・伊藤亜衣)名もない女性が残した「物語」
・『小説』(野崎まど)小説って何? どうしておもしろいの?
前回同様のラインナップですね。それ以外だとこの1か月間では、
・『みいちゃんと山田さん』第1巻(亜月ねね)「私達の日々は確かにあったよね」
・『みいちゃんと山田さん』第3巻(亜月ねね)「佐藤君じゃなくても もう全然 寂しくないや」
・『魔法少女イナバ』第2巻(猫にゃん)「まさか君は自分が正しいとでも思ってるの?」
がよく読まれています。アニメ化が議論を呼ぶさなかに完結した『みいちゃんと山田さん』は話題性やショッキングな内容が注目されがちですが、みいちゃんと山田さんの関係のあり方を静かに見つめてみるとほのかな切なさや希望が浮かんでくると私は感じました。『みいちゃんと山田さん』をそんな観点からも読んでもらえたらうれしいな……そんな気持ちで記事を書いております。
『魔法少女イナバ』は『みいちゃんと山田さん』とは違う意味で希望を探す物語と言えそうですね。いまのところ重い展開が続いてますが、魔法少女イナバこと城戸兎衣は希望を見つけることができるのでしょうか?
成長日記25回目に至るまで
成長日記第24回と今回の間に上げた記事は以下の通りです。(全て本ブログの紹介記事へ飛びます)
・『きみと一緒に通いたい』第2巻(うおやま)「ワガママだと思いますか? 俺が一番 そう思ってました」
・『魔法少女イナバ』第2巻(猫にゃん)「まさか君は自分が正しいとでも思ってるの?」
・『みいちゃんと山田さん』第3巻(亜月ねね)「佐藤君じゃなくても もう全然 寂しくないや」
『きみと一緒に通いたい』は学園のバリアフリー化をめぐる大奮闘が中心の物語ですが、それだけじゃありません。星太たちの変化を追って読んでもこんなにおもしろいんですよ、とお伝えしたくてあの記事を書きました。みなさんにも「こいつらおもしれーじゃん」と思っていただければ幸いです。
最近読んでいる本
今読んでいるのはドストエフスキー『未成年』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)です。『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『未成年』、『カラマーゾフの兄弟』という代表的な、いわゆる五大長編の中で『未成年』はもっとも影が薄い。なにしろ、
『罪と罰』→罪と償いの物語
『白痴』→完全な善人は果たして生きていけるのか?
『悪霊』→陰惨ドロドロ悪意炸裂、狂信者どもが破滅する
ひとつ飛んで、
『カラマーゾフの兄弟』→善と悪、神と悪魔、信仰と疑念の息詰まる決闘劇
という重く濃い作品群の中で
『未成年』→いじけ過ぎてのぼせあがった若者が少しまともになる話
ですからね。加えて、遺産相続に関する手紙をめぐってドタバタしたり詐欺が起きたりするものの、これと言った大事件が起きるわけでもない。それでいて他の四作品に引けを取らない長さですから、読むには正直骨が折れる。そりゃ影が薄くなるわけだ。
でもですね、読み終えると若者のささやかな成長を見届けたような、すがすがしい充実感があるんです。ある意味で、たいていの方にとって最も身近な物語かもしれません。私にとっても、もしかするとドストエフスキーの五大長編中もっとも好きな作品になるかもしれないと予感しています。
ちなみに『未成年』の主人公アルカージイはけっこうな姉萌えキャラなので、同じ属性をお持ちの方には特に感情移入できるかも?
最近響いたこの一言
見通せないからこそ未来なのだ。
見通せない未来こそが生きる力の源なのだ。
見えない未来を見るために、ただそれだけのために生き延びてみるのも一興ではないか。
もしも未来の隅々までが鮮明であったなら、その未来は憧れの的から一気に憎しみの的に変わってしまうだろう。
そうは思わないか?(丸山健二『月は静かに』P.155)
戦後の混乱期に、今で言う児童養護施設で幼少期を送り、長じて盗みで生計を立てるようになった男K。彼が作った庭が語る物語『月は静かに』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)の一節です。先日、何気なく本棚から引っ張り出してめくり読みしていたらこの一節でページをめくる手が止まりました。
エッセイだったか小説だったか忘れましたが、丸山健二はどこかで「一寸先は闇とは限らない。一寸先は光かも知れないではないか」とも書いています。『見よ 月が後を追う』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)だったかな?
見通せないから闇かどうかも分からない、もしかしたら光かも知れない、そんな未来を見てみようじゃないか……丸山健二のそんな言葉に私は胸のささやかな高鳴りを感じたのです。
なお、丸山健二は大学時代から大好きな作家です。特に80年代後半から2000年あたりは硬質な詩的イメージと挑発に満ちた刺激的な名作ぞろい。エッセイは、特に昔のものはミソジニー(女性嫌悪)や一種のマッチョイズムが見られるものの、その辺から距離を置いて読めば読者のおしりを力強く蹴り上げてくれることでしょう。
次の記事もどうぞお楽しみに。
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