『あらゆる名前』(ジョゼ・サラマーゴ著、星野祐子訳)『ある行旅死亡人の物語』を予見した(?)小説

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(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『ある行旅死亡人の物語』(←当ブログの紹介記事へ飛びます)を紹介してくださったときに何か他の本にも触れておられましたね」

 ジョゼ・サラマーゴ『あらゆる名前』ですね、そちらはフィクションですが。

「それも見ず知らずの人の生涯を調べるという話なんですか?」

 そうです。お話ししましょうか?

目次

あらすじ・特徴

「お願いします。確か主人公は無名の役人とおっしゃってましたか?」

 ええ、もちろん名前はありますがジョゼ氏としか書かれていません。官僚制の見本のような戸籍管理局、そこにおいてジョゼ氏も他の職員も、歯車としての機能が最低限にしてすべてでした。ジョゼ氏の趣味は、有名人についてスクラップすることです。そこに紛れ込んだ見ず知らずの女性の資料を発見したことがきっかけで、彼女の来歴を調べ始めました。調査のためにジョゼ氏は公文書偽造や建造物侵入を繰り返します。上司もうすうすそれに気づくもののなぜか表立って問題にはしません。調査の手がかりは多くありませんでした。彼女の代母だった女性、彼女が住んでいるはずの場所に住む夫婦、彼女が通っていた小学校。空き巣同然の行為にまで及びながら調査を続けるさなか、ジョゼ氏は彼女の死亡通知を発見します。ジョゼ氏は彼女が葬られた墓地を訪れ、ある老人に出会うのですが…。

先にお断りさせてください。サラマーゴの文体には強い特徴があります。会話をカッコに入れず地の文に混ぜ込み、しかも延々書きつらねるスタイルなのです。そのため誰がどのセリフを言っているのか少々分かりにくいんですが、慣れると魔術のような魅力がありますよ。

『あらゆる名前』のテーマ

「それで、その老人とはどんな人ですか?」

 墓地の手入れ係です。調査してきた女性の墓前に立ったジョゼ氏と老人はこんな言葉を交わします。

あんたが訪ねてきたのは友達かね、それとも親戚かね、会ったこともない人です、それなのにわざわざ探しに来たのかね、会ったことがないから探していたんです、それならわしが見知らぬ人のために涙を流す以上の敬意はないと言ったのが正しいと分かったじゃろ、(P.229)

 ジョゼ氏は図らずも彼女の尊厳を掘り起こし、守ったと言えるでしょう。そして自分の尊厳をも。『ある行旅死亡人の物語』もそうでしたが、見も知らぬ人物の生涯を調べるなどということはその人物への深い敬意なしにはできないでしょうから。翻訳した星野氏もあとがきでこう述べているように、『あらゆる名前』は人間の尊厳に関する物語です。

この小説は、人間の尊厳を失った無名の人の人間復活の寓話と言ってもよい。(P.267)

 また、初めはジョゼ氏の行動を胡散臭そうに眺めていた局長の態度も次第に変わっていくのですが、これも作品の重要なテーマだと思います。

「とおっしゃいますと?」

 一人が始めたよいことにはそれを理解して後に続く誰かが必要だ、と言うテーマです。作者サラマーゴが意図していたかどうかは分かりませんがね。

感想

「なにわt4eさんはこの本を読んでどう思われましたか?」

 とても静かで深い感動を感じました。ジョゼ氏の行動はいわば素人探偵・素人空き巣の繰り返しで、はたから見るとそこそこ滑稽です。しかし本人は気づいていなさそうですが、彼の行動は調査対象の女性や彼女を知る人に対する深い敬意に裏付けられています。

わたくしに養女の死を知らせるためだけにいらしたのですか、はい、それはご親切にどうもありがとう、それが私の義務だと思っただけです、(P.182)
どうして私がこの女性の墓石を見たいと思ったとわかったのですか、どうしてということもありません、たぶん私があなたの立場なら同じことをするでしょう、何のためにですか、確かめるために、死んだことを、いいえ、生きていたことを確かめるためにですよ。(P.211)

かと思うとジョークや皮肉も散りばめられていて、読みながら何度もニヤリとさせられました。例えばこんな具合です。

賢者は自分を飾り立てるときの分別の度合いによって賢者であるとされている。(P.29)
ああ神様、空き巣とはなんとたいへんな職業なのでしょうか。(P.84)
いったい空の上におわしますどなたが流感を発明してくださったのかしら、(P.134)

そうしたジョークを楽しみつつ、かつ胸を打たれながら読みました。

まとめ

 難解な作品ではないんですが、先にお話ししたような文体のため読むのに少し骨は折れます。しかしその骨折りをして読んだ先には静かで深い感動が待っています。自分も含めて人間とはこれほど尊厳ある存在なんだ、という感動が。とりわけ『ある行旅死亡人の物語』に胸を打たれた方には強くおすすめできる一冊です。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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