『蟻の棲み家』(望月諒子)貧困は魔物。逃れられるか?

【広告】ここをクリック→こちらから書籍情報をごらんください。

【広告】独自ドメインの取得なら1円~のお名前.com

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

『本当の貧困の話をしよう』(←当ブログの紹介記事へ飛びます)、読みましたよ。とても分かりやすくて面白かったです」

 そう言っていただけると嬉しいですね。

「前におっしゃってた『火車』と『蟻の棲み家』は小説ですか?」

 そうです。発表されたのは前者が30年ほど前、後者は2年ほど前ですね(2023年時点)。

「それでは『蟻の棲み家』について教えていただけますか?」

 いいですよ、どこからお話ししましょうか?

目次

「貧困がテーマということですが、詳しく教えてください」

 一口で言えばシングルマザー家庭の貧困がテーマですが、そこに企業恐喝や格差社会の描写、貧困を脱出しようとして犯罪に手を染める経緯なども絡められています。企業恐喝と言っても先日ご紹介した髙村薫『レディ・ジョーカー』(←当ブログの紹介記事へ飛びます)ほど大がかりではなく、言わば自作自演のクレーマーです。

「あらすじはどんな風になってますか?」

 東京都中野区で二人の女性が続けざまに射殺されます。かねてよりある企業恐喝を取材していた主人公のフリージャーナリスト・木部美智子は双方の事件に接点があることに気づきました。その接点とは「貧困」です。さらに医師の娘が誘拐され解放される事件も起き、これらの容疑者として二人が逮捕されました。一人は吉沢末男、シングルマザーの売春婦に育てられた若者です。もう一人は長谷川翼、誘拐された女性の兄。最後に木部が聞かされた真相とは?

「その二人はそれぞれどんな人物ですか?」

 吉沢末男は東京都板橋区のバラックに生まれました。父親は行方不明、母親はモグリの売春婦としてかろうじて生計を立てていましたが末男とその妹・芽衣に冷淡です。いわゆるネグレクトですね。末男自身は母親の代わりに妹の面倒を見るなど家族思いで心根のまっすぐな少年でしたが、母親や母親を買う男たちに命令されて盗み・万引きに手を染めます。それでも何とか高校を卒業して工場勤めを始めましたが、母親の借金や工場での濡れ衣に見舞われ、社会の暗部を歩くようになります。 長谷川翼は医師を両親に持ち、彼自身も妹も医大生というエリート育ち。快活な人柄と行動力で周囲の信望も厚く、貧困撲滅を目指すNPOを立ち上げ率いる人物です。しかしそれは表の顔。裏では弱いものには暴力をふるい、女衒同然の真似をして、裏カジノで多額の借金を抱えています。そうした二面性を一部の人間は見抜いていたようで、父親も彼を見放していました。

「ずいぶん対照的ですね。どうしてそんな二人が同じ事件の容疑者なんですか?」

 暴力団員や風俗嬢も交えてグループで行動していたためです。ですが互いの仲は悪く、マウントの取り合いや暴力は日常茶飯事でした。そう言えば、望月諒子が参考にしたかどうかは不明ですがディストピア文学として有名なアンソニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』にも、つるんでるくせにいがみ合ってる不良少年グループが登場します。もっとも、つるんでるくせにいがみ合ってるグループなんて珍しくもなんともないでしょうけど。

「なにわt4eさんはこの本を読んでどう思われましたか?」

 正直に言うと文体などいくつか不満点があります。文体で気になったことの一つ目は、凝りすぎたのか文章が不自然に感じる箇所が少なからずある点です。例えばこんな具合。

・末男には世の中が、顔の皮一枚で微笑を作っている化け物に思えた。(新潮文庫、以下同じ、P.133)
・美智子がフロンティアの記者だと名乗ったとき、名刺を見つめてきらっと目を輝かせた。そこにはなにか淫靡な、背徳的な臭気がした。(P.212)
・秋月は颯爽とそう答えると、電話を切った。(P.249)

 目を輝かせたのに臭気なの?とか「颯爽と」は目で見たようすに使う言葉じゃないの?という疑問を感じました。二つ目は、地の文が美智子の視点になったり末男の視点になったりと、視点が唐突に入れ替わるので読みにくい箇所がある点です。これは多くの方が指摘してますね。
 文体以外で言うと、著者自身にとっても消化しきれてないのではと思われる個所が散見されることです。例えば虐待死についての論考(P.35)など。ラストシーンに至っては場所が崖だったら二時間ドラマです。
 私としては、ミステリーとしての巧みな構成・破綻のない文体・随所に盛り込まれた皮肉やユーモアなどから総合的には宮部みゆき『火車』の方が好きですね。しかし『蟻の棲み家』の、貧困やいやらしい人間模様の描写には引き込まれました。ひとり親世帯、特にシングルマザー世帯の貧困やいわゆる貧困の連鎖、そこから脱出することの困難さはとてもリアルに描かれています。調査や取材をかなり入念にしたのではないでしょうか。食品工場の人間関係には恐怖で震えました。 人間や社会に対するシニカルな観察も興味深いです。例えば…。

・そのうち学習してしまうのよね。ふつうは遊ぶと金は減る。でも売春は、遊んでいるつもりなのに金がもらえるってことに。(P.85)
・サイコロは転がりだすと、どの面で止まるか見当がつかない。(P.129)

まとめ

 最後で明かされる射殺事件の真相は驚くほど意外なわけでもないし、文体など気になる点もありますが、面白いかつまらないかで言えばとても面白い作品でした。「貧困は魔物だ。ひとたび捕まったら容易なことでは振り切れない。今のんきにこの本を読んでいるあなたの生活は幸運の産物なのだ」とこの本は読者に語りかけてきます。と言っても貧困や格差社会を声高に糾弾する作品ではないので、強い社会性よりは物語としての面白さを求める方に向いているでしょう。社会の暗部を描くミステリーを読みたい方、貧困をテーマにしたフィクションを読みたい方なら一読して損はありません。

【広告】ここをクリック→こちらから書籍情報をごらんください。(kindle版)

【広告】独自ドメインの取得なら1円~のお名前.com 

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

目次