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(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、『ここは今から倫理です』という漫画をご存知ですか?」
ええ。お読みになったんですか?
「私自身は読んだことないんですが、取り引き先の方がお身内に学校の先生がおられるそうで、それで読まれたらしいです。教育現場が本当にあんな感じかどうかは分からないけど作品はおもしろい、とおっしゃってました」
そうですか。私もあの作品は好きなので、そう聞くとうれしいですね。
概要
主人公は高校の倫理教師・高柳です。彼は生徒に倫理を教え、生徒が抱える問題にともに向き合います。例えばヤングケアラー、体罰、暴力。あるいは、生きている意味がなんとなく分からない、親の期待に応えたいけど自分を見失いそう。そういった悩みや問題です。社会問題に切り込む学校マンガとして話題になり、ドラマ化もされました。
「高柳はどんな教師なんですか?今お聞きした感じだと熱血教師のイメージですが」
意外かもしれませんが、彼はクールで自分からはあまり人とかかわろうとはしなさそうなタイプです。教員志望の大学生当時、高柳は恩師にこう語っています。
僕みたいな偏屈な若者を時々…そっと助けてくれるような先生になりたい(第4巻、P.145)
また要所要所で古今の思想家の名言を引用しています。7巻なら例えばこんな風に。
ミルは言いました “自分の感性や性格にそぐわない動機で行動したりすると 自分の感性や性格は熱く高揚するどころか 鈍くなり沈んでいく”と…(P.21)
「倫理というからもう少し浮世離れした内容かと思っていましたが、意外と身近と言うか、リアリティのある内容みたいですね」
そうです、そこがおもしろいんですよ。
収録エピソード
「具体的にはどんな話があるんですか?」
今のところ最新刊(本書評執筆時点)である7巻だと、
- 修学旅行に不参加で補習を受ける生徒の話
- 誰々が自分を愛していると妄想を抱く生徒の話
- ある生徒が年度最後の授業に参加を渋る話
- 年度最後の授業として高柳が生徒同士で議論させる話
- 高柳の大学時代の話
です。3.の「うす紫色のワンピース」と4.の「もう少しだけ…」「いい世界」は若干ですがつながっています。「うす紫色のワンピース」は謎のあるエピソード、「もう少しだけ…」「いい世界」は7巻の白眉と言えるエピソードです。
「うす紫色のワンピース」の謎
「謎、とおっしゃいますと?」
南条という女子生徒が年度最後の授業に欠席を申し出るんですが、その理由が明らかにされていません。また何らかの問題や悩みがあるらしく、母親はそれを非常に悩んでいて父親には言えないでいます。欠席の理由が何か、彼女の抱えている問題は何か、「時間が無いわ南条さん」というセリフは誰がどういう意味で言ったのか。ワンピースの意味するものは何なのか。いろいろな考察がされているようですが、作者自身も明らかにしていないらしく、結局は謎のままなんです。ただここで高柳は南条に言います。
しかし「選択」について 悩んでいるのだとしたら… 貴方が選んだものが100%正しい エマソンは言う 「今考えている事を断固として語りなさい そして明日はたとえ今言った事の全てと矛盾していても…その時に考えている事を断固として語りなさい」と いつか未来 「何故あの選択を」と後悔する事もあるでしょうが… しかしその時その瞬間の貴方にとっては その選択が“最善”だったと思って欲しい サルトルは言います 「選ばなくてもやはり選んでいるのだ」と(P.88~90。強調は原文のまま)
どんな選択が最善かはあなた自身が選ぶことだ、いつか後悔するとしても今最善だと思う選択をしてほしい。南条の謎が何であれ、これは極めて重要な投げかけです。私はここを読んで、いつかお話ししたラッシュの曲「Freewill/自由意志」を思い出しました。
If you choose not to decide, you still have made a choice.
もし決めないことを選んだとしても、それが君の選択なのだ(拙訳)
なんで殺しちゃいけないの
「『もう少しだけ…』『いい世界』が白眉だということでしたね」
高柳は必ず年度最後の授業で生徒に一つのテーマで議論をさせていて、7巻でのテーマは「なんで殺しちゃいけないの」です。もともと6巻で鳥岡という生徒が高柳に投げかけた疑問で、それを高柳が議論のテーマに設定しました。
「議論はどんな流れで進んだんですか?」
人を殺してはいけないのはなぜか? 法律で禁止されているからだ。ではなぜ禁止されているのか? から始まって、紆余曲折を経て「良心」をカギとして彼らなりの、この場所なりの結論に至ります。高柳は最後にこう言います。
今 ここには 確かに生きた「倫理」があった 今ここにいる皆さんこそが 「倫理」だった (中略)私が話した事も「倫理」のテストで覚えた事も 忘れたって構わない …それでも 今 ここで皆で話し合った時間だけは どうか忘れないで 「何故」この「問い」だけは忘れないで…(P.141~144。強調は原文のまま)
倫理に対する本作のスタンスが凝縮されたような言葉です。そして先ほどご紹介した南条への言葉とともに、「自分の人生を、自分の幸福を自分で選び取ってほしい、君たちにはそれができるのだから」という高柳のエールでもあります。決して安易な自己責任論ではなく、生徒の力を信じ引き出そうとする言葉です。
感想
「なにわt4eさんのご感想を聞かせてください」
やはり一番おもしろいのは「もう少しだけ…」「いい世界」ですね。人類史上、決定的な答えが出されたためしのない超難問ですから、彼らの結論にも突っ込みどころはあります。しかし「話し・考え・悩み・また話す」過程を懸命に繰り返して一つの結論を導き出した彼らには敬意を表したいですし、出した結論が正しいかどうかより彼らが自分たちの結論にのっとって生きていくことの方がはるかに重要だと思います。また高柳は進行役に徹して生徒たちの議論を見守り、発言を引き出して議論を活発にし、最後に生徒たちをねぎらっています。会議の進行役(ファシリテーター)としてこれは理想形ではないでしょうか?
あと、どのエピソードかは触れないでおきますがある生徒がヘヴィメタルバンドの来日公演に参戦する場面があります。この描写、いっとき足しげくあちこちのライヴハウスに通った私にとっては胸を打たれるものでした。全身全霊で呼び掛け、応答し、己の生きる意味さえ問い直し、しかし生きることだけは決して止めるまいと決意して叫ぶ。それを祈りと呼ぶのならハードロックのライヴはまさしく祈りである…すみません、語っちゃいましたね。
「いえいえ、楽しくお聞きしてます(微笑)」
作品全体を通じて言えば生徒一人一人の描き分けが非常に巧みで、いわゆる「キャラ立ち」してます。高見広春『バトル・ロワイアル』(←Amazonの上巻紹介ページへ飛びます)もそうでしたが、こういう風に一人一人がキャラ立ちしている作品はそれだけでもとても魅力的ですね。加えて倫理という、門外漢にはちょっとつかみどころのない学問が実は「どう生きるか」というとても身近で重要なテーマを扱う学問であることを、リアルな社会問題やダークサイドに絡めながら分かりやすく描いている点も『ここは今から倫理です』の魅力です。あと、足音の描写が「ゴツ」なのはなぜでしょうね?前から不思議なんですが。
まとめ
本作に登場する生徒たちは、実に様々な問題に直面しています。それは昔からよく話題になっていた問題だったり近年クローズアップされるようになった問題だったりしますが、読んでいると自分と共通するものを見つけるかもしれません。そして高柳は基本的にはクールですが、時に激昂したり、あるいは途方にくれたりと、大変人間味豊かに描かれています。絵柄は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、クセのある、または社会性のある学園マンガを読みたい方にはぜひご一読いただきたい作品です。今回取り上げた7巻について言えば「なんで殺しちゃいけないの」を考えてみたい方もとても興味深く読めるでしょう。別の巻ではジェンダーも取り上げているので、やまじえびね『女の子がいる場所は』(←当ブログの紹介記事へ飛びます)と併せて読むのもおもしろいでしょう。
私は本作以外の雨瀬作品をまだ読んでいないのですが、機会があれば読んでみたいですね。特に敗戦直後の日本が舞台の『結ばる焼け跡』を。
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