『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(辻野弥生)今日起きるかもしれない虐殺

【広告】ここをクリック→こちらから書籍情報をごらんください。

【広告】ここをクリック→本は、聴こう。Amazonオーディブル。

目次

先にまとめから

 福田村事件を知っていますか? 1923年9月1日に起きた関東大震災。防災の日が制定されるきっかけであり、身をもって体験された方のほとんどが亡くなられた今も語り継がれるこの震災では、デマによる朝鮮人虐殺が起きたこと、その虐殺から朝鮮人を守った日本人もいることも広く知られています。しかし、朝鮮人と間違われて日本人の一団が殺されたこの事件が語られることはほぼありませんでした。『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(以下、『福田村事件』)は隠され続けた福田村事件を辻野弥生氏が丹念に調べ、時には罵倒や無視にあいながらも聞き取りを重ね、膨大な情報を分かりやすくまとめ上げた一冊です。今なお差別と群集心理が横行する日本(に限った話ではありませんが)における必読書!

美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『福田村事件』っていう映画をご覧になりましたか?」

 いいえ、気にはなりつつも観ずじまいです。

「実は取引先の方がご覧になってて、大変衝撃を受けたとおっしゃってたんです。気になって私も観たんですが、あんな事件があったなんて知りませんでした」

 私も、この映画が話題になるまで知りませんでした。

「原作になった本があるそうですね」

 原作と言いますか、本の方はノンフィクションですから原作と言うより題材・元ネタと言うことになるでしょうけど、そちらは読みました。

「どんな本ですか?」

 映画でご存知だと思いますが、まず事件の概要からお話しします。香川県から行商に出ていた薬売りの一団が関東に滞在中、大震災が起きました。9月6日、福田村(今の千葉県野田市)で「朝鮮人が震災に乗じて暴動を起こしている」「井戸に毒を入れた」などのデマを真に受けた地元住民は訛りなどから彼らを朝鮮人と間違い、惨殺したのです。死者9名、お腹の中の赤ちゃんを含めれば10名。辛くも助かったのは6名。被害者やその遺族に何の謝罪や補償もなかった一方で加害者家族にはお金や農作業の支援が行われ、加害者の中には後に市議会議員を務める者までいました。
 本書はこの事件を、当時の裁判記録や新聞、関係者の日記などからつぶさに調べ上げた記録です。

 この事件は長年地元のタブーでしたが、著者のもとに「地元の人間には書けない、あなたが書いてくれ」とある方が資料を持ち込んでこられました。文献も見当たらず聞き取りにも応じてもらえずで難航したものの、事件の舞台となった圓福寺の住職(取材当時)・長瀬瑠璃から少しずつ信頼を得たことが糸口となり調査が進みました。加えて他の研究者などの協力も得ながら、最初は学術誌に論文として発表されたんです。それが本となって崙出版から出版されました。この時点でかなりの反響があったそうですが、崙出版は閉業。そこへ「増補改訂版を出そう」と編集者・片岡力が手を挙げました。それが今書店に置かれている『福田村事件』というわけです。  
 
 映画化に関してもいくつかのところで話が出ていたようで、最終的にはかねてより本書の映画化を考えていた森達也を監督として制作されました。(以上「おわりに──旧版出版から映画化まで」より)

「この事件はどうして起きたんでしょうね?」

 いくつも要因はありますが、私の考えで挙げてみます。

・震災によるパニック
・デマ
・群集心理
・権威に従う心理
・様々な差別

震災によるパニック

 地震に限らず大災害が起きれば誰だって大なり小なりパニックを起こし、まともな判断が難しくなりますよね。私なんて、仕事で少しミスしただけでちょっとしたパニックになることがありますから。パニックになればなるほど判断力がまともに働きません。

「私もですよ」

デマ

 関東大震災では、どこからともなくわいたデマもあれば国が流したデマもありました。

「国が流したデマ? そう言えば映画でもそんな場面があったような…」

東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、(中略)鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加へられたし。(P.49。鮮人とは朝鮮人に対する蔑称)

 内務省警保局長の名前で、船橋海軍無線送信所から打電されました。(P.50)国家がデマにお墨付きを与えたわけです。そりゃ信じる暴徒が出るのは当然でしょう。ちなみにこのときの警視庁官房主事は大正時代の米騒動を鎮圧し、後年読売新聞社の社主となる正力松太郎です。(P.207)

群集心理

 これは説明するまでもないでしょう。

「まさに、いつかお話しいただいた『デビルマン』(←本ブログの紹介記事へ飛びます)の世界ですね」

権威に従う心理

 ミルグラム実験ってご存知ですか?

「聞いたことはあるんですが…電気ショックの実験ですか?」

 そうです。詳細は省きますがこの実験で、「偉い人から命令されたと思えば日頃善良な人間でも非常に残忍なことができてしまう」という結果が出ました。「朝鮮人を殺せと国から命令された」「自分の村を守るためだ」という大義名分が暴徒の虐殺を起こした面もあります。ナチスのホロコーストで何百万人ものユダヤ人を強制収容所に送った、実質的に殺したアイヒマンが「私は忠実に任務を果たしただけだ」と語ったことは有名ですが、それと共通する心理だと思います。

「映画でも、虐殺の陣頭指揮を執った在郷軍人会の長谷川が終盤で『いまさら何を…わしらはお国のために…村を守るためにやったんじゃ…!』と歯噛みするんですよ。さすがにそんなの自業自得だろう、と観ながら思ったんですが、きっかけさえあれば誰でもいつでも長谷川になるのかもしれませんね」

様々な差別

「背景に朝鮮人差別がありますよね。映画では行商人たちが被差別部落の出身だったことによる部落差別も描かれていました。またその行商人一行にも朝鮮人を差別する者がいたり、逆に『朝鮮人なら殺してええんか!』と叫ぶ者がいたりで、複雑な構図があると感じました」  

 そのあたりは事実だったのか映画としての演出だったのか分かりませんが、部落差別や行商人に対する職業差別も絡んでいたことは考えられますし、著者もそれを指摘しています。(P.127~135「背景としての差別」)

「逆に、朝鮮人を守ろうとした日本人はいなかったんでしょうか?」

 『福田村事件』には大川常吉、篠田金助が紹介されています。大川常吉は朝鮮人を引っ立ててきた群集に向かって「そこまで言うなら、彼らが毒を投げ込んだという井戸の水を持ってきなさい。私が君たちの前で飲んでやる。それで私の身に何も起きなければ、朝鮮人を私に預けなさい」と説き、虐殺をくい止めました。後年、彼の功績をたたえる記念碑が建てられています。

 篠田金吉は自分が駐在する村に住んでいた朝鮮人を保護するため奔走し、いきり立つ村長たちを「あと2時間だけ待ってくれ、どうしてもと言うなら私を先に殺せ。軽はずみな真似をして後悔してはいけない」と説得するかたわら本署に連絡。郡長代理板倉勝舜・松戸警備隊主任藤井工兵たちの協力を得て説得に成功、虐殺を防ぎました。この行動は警察内部でも絶賛され、篠田は後進の育成にも大きな功績を残したそうです。(P.187~191)

 寡聞にして存じませんが、この本に紹介された以外にも有名無名の事例があったかもしれません。

「なにわt4eさんはどう思われますか? 事件について、本書について」

 事件に対しては何より群集心理の恐ろしさ、特に「正義」「大義名分」を得た時の恐ろしさを感じました。それではどうすればこのような事件は防げるんでしょう?

すぐに裁き、すぐに怒る/だけどなかなか理解しない/無知と偏見と恐怖とが手を取りあって歩いている(ラッシュ「魔女狩り」、拙訳)

 まさしく「無知と偏見と恐怖」が福田村事件の根底にありました。少しでも知ること。一人で考えること。関東大震災のさなかで朝鮮人を守った人は、そうすることで「無知と偏見と恐怖」を克服していたのかもしれません。

 加害者に関する以下の記述には胸が痛くなりました。

罪の意識もなく、むしろ英雄のように振る舞った犯人たち。さらにその家族をねぎらって見舞金を渡したり、農業の手伝いまでした村の住人たち。(P.200)

 加害者家族が喰い詰めてはいけないという意味で、彼らに一定の支援があったのは分かります。しかしそうした支援も謝罪も、被害者やその遺族に対してはなかった。これは理不尽と言うほかないでしょう。しかも加害者は恩赦まで受けています(P.187)。これには納得しがたいものを感じました。

 本について言えば、資料は乏しいわ聞き取りしようとすれば追い返されるわ、そんな逆風の中でこれだけの証言と文献をまとめ上げたことは素晴らしいと思います。著者の、加害者に対する視点は容赦ありません。しかしただ彼らを責め立てるだけではなく──それでは加害者と同じですから──背景を知り、「どうしてこうなったのか」を、加害者を悪魔に仕立てて逃げることなく著者は考えています。そうでなければ誰だっていつか自分も加害者になってしまいますから。そして、被害者の無念を少しでも晴らしたいと願い、寄り添う心を感じます。

 なお付言しますが、聴覚障害者が朝鮮人と間違われて殺されるケースもありました。朝鮮人は濁る音や小さい「つ」の発音が苦手なことが多く、朝鮮人を見分けるために「ごじゅうえんごじゅっせん」と言わせたのですが、それを聞きとれない・発音できない聴覚障害者が朝鮮人と思われて殺されたのです。(山本おさむ『わが指のオーケストラ』秋田文庫、第2巻P.228~259)  

 『福田村事件』は、必読の記録文学であり、日本人の良心と言える本です。

【広告】ここをクリック→こちらから書籍情報をごらんください。(kindle版)

【広告】ここをクリック→本は、聴こう。Amazonオーディブル。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

目次