『地に足をつけて生きろ!』(スヴェン・ブリンクマン)自己啓発に疲れたあなたに

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(架空の人物・美濃達夫さんから本書について尋ねられた、という設定で書いております)

 先日はありがとうございました。美濃さんが推すだけあって美味しかったです。ラーメンは塩・太麺・魚介だし派である私ですが、あのお店はまた行きたいです。
 さて、お尋ねはスヴェン・ブリンクマン『地に足をつけて生きろ!』についてでしたね。そもそもこの本に興味を持たれたきっかけは何ですか?

「私は本全般をあまり読まないんですが、勉強として自己啓発書を読んでみようと思って先日本屋さんに入ってみたんです。この本はそのときに自己啓発書のコーナーで見かけたんですが、何となく毛色が違うなと思って興味を持ちました」

 そうですか、確かに自己啓発書が並ぶ中にこの本があると毛色が違う印象を受けるでしょうね。

目次

「どんな本ですか?表紙や帯の文句からすると何やらアンチテーゼらしい雰囲気ですが」

 美濃さんご推測の通り、この本はアンチテーゼです。自己啓発中毒の社会に対するアンチテーゼ、解毒剤と言えるでしょう。自己啓発書は何百・何千と出版されていますし、電子書籍でも読めますね。それが意味するのは、どの自己啓発書も役に立ってないという皮肉な事実かもしれません。あくまで理屈としてはですが、ハウツー本というものはその中のどれか一つが役に立っていればそれ以外はいらないわけですから。

「実に大勢の人々(特に若い人たち)が自分次第で『何でもできる』という誤った観念に毒されていて、努力が実らないと自分を責めるという愚を犯している。これは無理もないことだ。『何でもできる』はずだったら仕事や恋愛で成功しないことは自分のせいにするしかない」(P.17)

 これは辛いですよね?で、「何でもできるはずなんだから何とかしよう」とあっちの書籍こっちのセミナーと渡り歩く。あるいは「絶え間なく成長し、常に成功し続ける」ことに駆り立てられる。そんな中でクタクタになったり、疑問や違和感を抱いている人にブリンクマン氏は呼びかけます。地に足をつけて生きろ、と。 では地に足のついた生き方とは何か?どうやって実践するか?それを7ステップで紹介したのが本書です。

「その7ステップを説明してください」

 目次で以下のように紹介されています。

1.己の内面を見つめたりするな
2.人生のネガティブにフォーカスしろ
3.きっぱりと断れ
4.感情は押し殺せ
5.コーチをクビにしろ
6.小説を読め━自己啓発書や伝記を読むな
7.過去にこだわれ

 詳しくは読んでのお楽しみということにしておきましょう。でないとネタバレになってしまいますから。なおブリンクマン氏はステップ6「小説を読め」で村上春樹、ミシェル・ウェルベック、カール・オーヴェ・クナウスゴールの作品を紹介してますが、調べたところいずれもかなりの長編小説でした。私の知る範囲で、「自分がいかに人生をコントロールできないか」を実感できそうな比較的短い作品をいくつかご紹介します。

・『背徳者』アンドレ・ジイド
病弱な考古学者が肉体の快楽を求めて妻を置き去りにしてしまいます。
・『田園交響楽』アンドレ・ジイド
妻の反対を押し切って、動物同然に育てられた少女を引き取った牧師。献身と教育のかいあって魅力的に成長した彼女と牧師の交流がやがて招いた結末とは。
・『提婆達多(でーばだった)』中勘助
悉達多(しっどはーるとは、いわゆる仏陀)への嫉妬に身を焼き彼を貶めることに生涯をささげてしまった提婆達多を、鬼気迫る筆致で描きます。

 ドサクサまぎれに自分が好きな小説を勧めちゃいましたが、大変面白い作品であるのは確かです。

「なにわt4eさんの感想としてはどうでしたか?」

 快哉を叫ぶ思いで読みました。絶え間なく・限りなく成長することも自分のすべてを自分で決めることも、人間が人間である限り不可能なんだから、成長なんてほどほどでいいじゃないか、そうとでも思わなければ世を挙げての自己啓発中毒に陥ったこのご時世、息苦しくてたまらない…かねてからうすうすそんな風に思っていたからです。本書を凝縮したような以下のフレーズにはひときわ強く共感しました。

「人にとって良い成長や発展には限界があるのだろうか。もちろん私の答えはイエスだ」(P.167)

「『今』ばかりに焦点を当てて自分がどう影響されているかを個々人で決められるとする考え方は、『今あなたは自分の幸せを選べる』などとする現代の自己啓発活動と酷似している。そんなことを言ったら世界との出会い方への個人の責任が大きくなりすぎてしまう」(P.185)

 後者のフレーズを読むたびに私はアドラー心理学の入門書『嫌われる勇気』を連想します。ブリンクマン氏がアドラー心理学を念頭に置いていたかどうかは『地に足をつけて生きろ!』からはうかがい知れません。ただアドラー心理学は自己啓発の源流と呼ばれているそうなので、それが事実なら自己啓発へのアンチテーゼは必然的にアドラー心理学へのアンチテーゼにもなりうると思います。

まとめ

 一言でまとめるなら「自己啓発疲れへの処方箋」と言えばいいでしょうか。「絶え間なく・より高く・より速く・いつまでも成長しよう」そんな必要あるんだろうか、そもそもその「成長」って何なんだ?自己啓発に疲れ切ってそんな疑問を抱いた方への処方箋。しかし自己啓発中毒の社会から逃げるだけではなく、人間にふさわしい他の生き方をも提示する。それが本書『地に足をつけて生きろ!』です。もしかすると自己啓発業界は効果がないのに効果的に見える本やセミナーばかりをわざと出しているんじゃなかろうか、そうすればいつまでも商売ができるから…などと下衆の勘繰りをしてしまう私でありました。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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