『拳奴死闘伝セスタス』第4巻(技来静也)「触れ得ざる亡霊」そして「影法師」

目次

先にまとめから

 いよいよセスタスの1回戦が始まります! イオタの不気味で大胆な戦術に翻弄されるセスタス。打開のカギはあるのか? 試合後、セスタスの師・ザファルが再会した人物は? 皇帝ネロと総督トレビウス、暗闘の決着は?

逆境と闘い続ける限り 人生は必ず変えられる 夢見た明日と違ったっていいじゃないか(第2章 第22話『夢見る亀と怠けぬ兎』)

 二つの拳だけを頼りに運命を切り開く『セスタス』シリーズの魅力が凝縮された第4巻をどうぞお楽しみください!

※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。


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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『拳奴死闘伝セスタス』第3巻読みましたよ。おっしゃってた通り、私もマレクの背中をずっと見送りたくなりました」

 そうでしょう!? 見送りたくなりますよね!? 「敗者は散らず ただ再起あるのみ」…私も今後、何かに敗れることはあるでしょうけど、そんなときは必ず再起したいと胸が熱くなりますよ。マレクが再起したであろうように。

「第4巻はセスタスの試合なんですよね?」

 はい。セスタス対イオタの試合もですが、それ以外にも胸が高鳴るエピソード満載ですよ。

第4巻のあらすじと見どころ

「どんなエピソードですか?」

 第4巻の主な内容は以下の通りです。

・セスタス対イオタ戦:日陰者の誇り
・ザファルとデモクリトスの再会:指導者の胸の内
・政治的暗闘の決着:禁じ手に手を染める皇帝

セスタス対イオタ戦:日陰者の誇り

「第3巻ではイオタの闘い方が『まるでスリの名人芸』と表現されていましたが、どういう闘い方なんですか?」

 相手のごくわずかな動き、例えば視線の移動や筋肉の緊張などから相手が出てくる瞬間を見抜いて後退でかわし、一歩前進して顔面に軽く単発で命中させてまた後退。ひたすらこれを繰り返して少しずつダメージを蓄積させます。打ち合いは一切なし。ザファルの言葉を借りれば

機敏さも破壊力も二級以下 恐らくは打たれ強くもなかろうが 「機眼」だけは一級品!! セスタスは初動を完全に読まれている・・・・・・ぞ(第2章 第19話「機眼」、傍点は原文のまま)

です。

「ボクシングのことはよく知りませんが、観客からするとそうとう退屈な試合運びでは?」

 そうなんです。だから彼が登場するとものすごいブーイング。本人は平然としてますが。

「どうしてそんな闘い方を?」

 イオタはかつて勝利を知らない最弱の拳奴でした。そんなイオタを元三流拳闘士にして超一流指導者・カディスのデモクリトスが見出してこの戦術を授けたのです。どうして自分を弟子にしたのかと尋ねるイオタにデモクリトスはこう答えます。

飽きたのだよ 恵まれたる者だけを指導する「安易」さに(中略)遅まきながら達観に到ったという訳さ 真に優れた「戦術」ならば 弱者にこそ恩恵をもたらすべきだと! 逆説的に唱えれば戦術・戦略の「真価」は 弱者の勝利によってのみ完全証明される!!(第2章 第20話「兎と亀と銀の杖」、ふりがなは原文のまま、以下同じ)

敵の焦りをも利用する心理戦でのろまな亀・イオタは俊敏な兎・セスタスを追い詰めます。

「それに対してセスタスは?」

 詳しくは控えますが、過去の対戦相手の戦術を借用してイオタにスキができるよう誘導しました。そしてそのスキをついてセスタスは見事に勝利をおさめます。しかしイオタは意識が戻ると審判の手助けを断って自力で立ち上がり、セスタスと笑顔で別れて退場しました。私はここのイオタが大好きなんですよ。

無視されるよりは 嫌われる道を選ぶ そんな生き方もある 万雷の罵声を浴びて 胸を張る 誇り高き「亡霊」の退場 愛されぬ日陰者 精一杯の矜持である(第2章 第22話「夢見る亀と怠けぬ兎」)

マレクもそうでしたが、イオタも敗れてなお誇りを失わないんですね。第3巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介いただいたときに『敗者を決して薄情に扱わないことも『セスタス』シリーズの大きな魅力の一つ』とおっしゃってましたが、それを感じました」

ザファルとデモクリトスの再会:指導者の胸の内

 イオタの師・デモクリトスはザファルの、またかつてセスタスと闘ったエムデンの師でもありました。そのデモクリトスがセスタス対イオタ戦の後ザファルと再会してセスタスの勝利を祝福し、指導者としての思いを語ります。その苦楽をザファルと分かち合うごとく。

我らは影法師 栄光のに忍ぶ導師 見えざる功労者だ(第2章 第24話「影法師ふたり」傍点は原文のまま、以下同じ)

「影法師? 分かるような、分からないような…」

 勝利は弟子の名誉、敗北は指導者の責任という意味です(第2章 第25話「託された生命」)。そう語るデモクリトスにザファルは、

俺は… 貴方を誤解していたようだ 自分の研究にしか関心を持たない利己的人物かと(同上)

と言っています。かつては師と仰ぎつつもある種のマッドサイエンティストと思っていたようですね。

「それにデモクリトスはどう答えたんですか?」

「否定はせんよ」と答え、こう続けました。

しかし 知的欲求が全てかと問われれば 答えは否だ! どんなに優れた「知恵ソフィア」も 人の為・・・に使わねば 意味が無いだろう(同上)

「けっこう人間味のある人物じゃないですか。後半の言葉ですが、レジー『ファスト教養』(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介いただいたときに引用されてましたよね?」

 ご記憶ですか、嬉しいですね。教養と呼ばれるものの本質を突いた言葉だと思うんですよ。

政治的暗闘の決着:禁じ手に手を染める皇帝

「汚職常習犯の総督トレビウスと彼を追放しようとする皇帝ネロという構図でしたね。どんな決着ですか?」

 一言で言えば、トレビウスの暗殺です。

「暗殺!?」

 ええ。実際に手を下したのは衛帝隊隊員・マケドニアのソルレオン。衛帝隊で最も残忍な技を駆使し、「殺し合いなら隊最強」(『拳闘暗黒伝セスタス』第15巻、第11章第29話「閃く凶刃」)と評される人物です。仰天するような手段で彼がトレビウスを暗殺しました。そしてこの一件で衛帝隊に揺らぎが生じるかどうか…そこはこれからの展開を待ちたいところですね。

 この暗殺は第1回戦の第4試合・パウサニアス対カーメス戦のさなかに行われました。熱戦ではあったのですが暗殺のエピソードがある分、ワリを食って満足に描かれていないのが少々残念です。ただ、勝ったカーメスが後々入念に描き込まれているのでそちらにご期待ください。

感想

「なにわt4eさんは第4巻を読んでどう思われましたか?」

 何より胸に焼き付いたのは、セスタス対イオタ戦を見届けたザファルのこの言葉です。

結果論を振りかざし 敗者を悪し様に批判する事などどこの誰にだって出来るんだ! 無責任な観客たちにでもな おまえ達は闘士だろう …あの打たれ弱さで ただ一度の失敗すら許されない綱渡り的な戦術を貫き あの男は過酷な予選を勝ち抜いてきたのだぞ そんな地味な偉業に 俺達ぐらい称賛の眼差を向けても良いのではないか?(第2章 第22話「夢見る亀と怠けぬ兎」)

「『地味な偉業』ですか…敗れつつも『地味な偉業』を成し遂げた人って、想像以上に多いのかもしれませんね」

 同感です。人の敗北や失敗をあげつらうよりそれまでにその人が成しとげた「地味な偉業」に敬意を払え、私はそう解釈しました。格闘技に限らず、全力で戦って敗れた人にとっては救いの言葉ではないでしょうか。私自身もこの言葉に救われることがあるかもしれません。
 また、デモクリトスと語るザファルの表情が見事に描かれているんですよ。

「と、おっしゃいますと?」

 デモクリトスの胸中を聞きつつセスタスの訓練を回想する目やセスタスとの出会いを思い起こすときの感慨深げな表情から、百の言葉でも追いつかないほど強くザファルの思いが伝わってきます。これを描ける技来氏の洞察も画力も、並大抵のものではありません。
 ザファルと言えば、私の知る限り誰も指摘してないのですが、実は『ウルトラマンレオ』のモロボシ・ダン隊長が彼のモデルではないかと私はひそかに思っています。

「モロボシ・ダン隊長?」

 ウルトラマンレオに変身するおおとりゲンを鍛え上げる人物です。左足を悪くしていて杖を突く姿がザファルにそっくりなんですよ。もっともザファルと違って彼の訓練は理論的とは言い難いことが多いですが…。

 他におもしろかったのは、出場闘士たちが集まる食堂の描写です(第2章 第23話「食の殿堂」)。第1シリーズ『拳闘暗黒伝セスタス』でもそうでしたが技来氏は食事の描写にとても力を入れていて、これだけでまるまる一話を取っています。

「どんなことが描かれているんですか?」

 個性豊かな出場闘士たちに絡めて古代ローマ帝国の食文化が描かれるんですが、セスタスもこれにすっかり魅せられていますね。ここでローマ人のある大好物が紹介されるんですが、これは驚きですよ。第1試合でハミルカルを倒したロキの食いっぷりも驚きですが…。

「誇り、指導者の思い、食文化、暗殺…いろいろとてんこ盛りですね」

 それで全く破綻してないところが『セスタス』シリーズの素晴らしいところですよ。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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