『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)宇宙人との平和な出会いが変える人類の運命

目次

先にまとめから

 人類が人類以外の生命体と出会う、いわゆる「ファーストコンタクト」はSFの定番テーマですね。古典的名作として、小説ならフレドリック・ブラウン『火星人ゴーホーム』、映画なら『未知との遭遇』が挙げられるでしょう。ある意味ではメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(←本ブログの紹介記事へ飛びます)も入るかもしれません。スタニスワフ・レムは『ソラリス』でこのテーマを哲学の次元にまで発展させました。この記事でご紹介する作品もファーストコンタクトを描いてますが、影響力の大きさや内容の深遠さ、そしてあふれんばかりの詩情という点では他の追随を許しません。SF史、と言うより文学史にそびえたつ巨大な記念碑。それがアーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』です!

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美濃達夫さんとの会話

(今回はいつもと反対に、美濃達夫さんに本書をご紹介いただきます)

「なにわt4eさん、『幼年期の終わり』という本をご存知ですか?」

 ああ、高校生の頃に読みました。ものすごくおもしろかったことは覚えてるんですが、内容はすっかり忘れてしまっています。美濃さんはお読みになったんですか?

「実は取引先の方に強くお勧めされて、先日読んでみたんです」

 どうでした?

「とにかくぶったまげましたよ! 読書習慣の乏しい私が徹夜で、しかも3回続けて読んじゃったんですから、どれだけ名作なんだって話です。おかげでこの一週間満足に眠れてませんが」

 徹夜で3回も続けて読まれたんですか!? ぜひお話を聞かせてくださいよ。

「もちろんです!」

あらすじ

 どんな話ですか?

「米ソ(作品の発表当時)が月面到達を競うさなか、突然現れた巨大な宇宙船の一団。そこには人類よりはるかに高度な科学技術と知性を備えた宇宙人が乗っていました。やがて人類からオーバーロード(上帝)と呼ばれるようになった彼らは姿を現すことなく、国連事務総長ストルムグレンを代理人として人類を導き戦争や貧困を撲滅します。しかしその背後にある目的をオーバーロードは一切明かしません。『われわれは家畜ではない』『人間は過ちもおかしつつ学ぶものだ』と抵抗する動きもあり、ストルムグレンが誘拐される事件も起きますが、それらも平和的に解決しつつオーバーロードは統治を続けました」

「来訪から50年後、オーバーロードは初めて姿を現します。伝説の悪魔を思わせる姿でしたが、それを受け入れる心の準備が人類にはできていました。とは言え人類から冒険心がなくなったわけではなく、天文学者ジャン・ロドリックスはオーバーロードの宇宙船に密航します」

「ジャンが片道40光年の旅をしている間に、地球では異変が起きていました。眠らない子ども、念力を駆使する子ども…動揺する人類にオーバーロードは最後のメッセージを送り、異変はなぜ起きたのか、オーバーロードは地球にやって来た目的は何だったか、人類はこれからどういう運命をたどろうとしているかを明かします。一方、約80年の時を経て地球に戻ったジャンは、オーバーロードのために地球の行く末を報告する役目を買って出るのでした…」

本書の魅力

 なんだかものすごくスケールの大きな話みたいですね、一度は読んだ私が言うのも変ですが。

「ええ、3回読んで3回とも作品に酔った気分になりました」

 美濃さんはどんな点が特におもしろいと思われましたか?

「そうですね…」

深遠なテーマ

「まずは何と言ってもこれですね。あまり突っ込んでお話するとネタバレになっちゃうんですが、人類が進化するという発想に驚きました。そういうテーマの小説って他にもあるんですか?」

 私が知っている範囲では、オラフ・ステープルドン『最後にして最初の人類』『スターメイカー』も人類の進化というテーマを扱った古典的名作です。(注:アーサー・C・クラーク自身がこれらに大きな影響を受けたと語っています)

「そうなんですね。で、それと関連して旧世代と新世代の断絶も描かれているんですが、そこを読んで親離れ・子離れを連想しました」

 と、おっしゃいますと?

「子どもの異変で戸惑う親に、オーバーロードの一人ラシャヴェラクがこう話すんです」

「彼らがあなたがたのものであるのは、もうそう長いことではありませんからね」
どんな時代のどんな親たちにも与えられてきただろう助言だった。しかしいまそれは、前にはついぞ感じられなかった脅威と恐怖を帯びた助言だった。(ハヤカワ文庫、以下同じ、P.268~269)

 …それまでとは全く違う意味での親離れ・子離れということみたいですね。

「はい。他にも…何て言いましたっけ、島と海底みたいに、人間一人一人の精神は個別に分かれているけど底の底ではつながって一つの存在なんだ、という感じの理論がありますよね?」

 集合的無意識ですか?

「あ、それです! 人類の進化が集合的無意識とからめて語られているのもすごくスケールが大きくておもしろいと思いました」

豊かな詩的イメージ

「これについては引用してしまうと野暮な気がするのでそれは避けますが、例えば第1部の最後でストルムグレンがいつか自分の墓をオーバーロードの1人であり自分を代理人に立てたカレルレンが訪ねてくれることを望む場面、あるいは第2部の最後で人類の運命が暗示される一節は、もう詩みたいに美しいです。そして物語全体のラストと言ったら…ああ言うのを『筆舌に尽くしがたい』と言うんでしょうね。3回読んで3回とも陶酔のため息が出ました」

人間への愛・共感

「もともと本をあまり読まないのに加えて、特にSFは『なんだか難しくて冷たそう』というイメージで敬遠してたんです。ところがこの作品は冷たいどころか、人間への愛とか共感にあふれてます。少なくとも私はそう感じました」

 例えば、先ほどのラシャヴェラクの言葉ですか?

「それもあります。他にも、子どもたちの異変が決定的なレヴェルに達したときの、彼らの両親はこんな風に描かれています」

彼らの仲がこんなにぴたりといったのは、結婚以来絶えてなかったことだった。間もなく自分たちを呑みこむだろう未知の悲劇を前にして、彼らは再び一体となっていた。(P.270)

「そしてその子どもたちの一人ジェフリーがかわいがっていた飼い犬、フェイは…」

フェイは、悲しげな、途方に暮れた眼で主人を見上げ、見まもりながら、主人はいったいどこへ行ってしまったのだろう、いつ自分のもとへ帰ってきてくれるだろう、と思い惑うかのように坐っていた。(P.272)

「そもそもオーバーロードは、偉い自分たちが未開種族を導いてやるとは考えてないんですよ。導くべき存在とは思いつつも人類に深い敬意を抱いてます。カレルレンは最後のメッセージをこう締めくくります」

なぜならば、あなたがたがこの世にもたらしたものは、(中略)あなたがたの成しとげた最大の業績をも、児戯に等しいナンセンスと見なすであろうもの──しかも、すばらしいもの・・だからである。そして、何よりもあなたがた自身がそれを生み出したのだ。(中略)われわれは、つねに、地球人を羨んで来たのだ。(P.281~282、傍点は原文のまま、以下同じ)

 …フェイの様子はすごく切ないですが、両親の様子とかオーバーロードが最後に送ったメッセージはどこか喜びと言うか希望と言うか、明るく暖かい何かを感じますね。それが人間への愛や共感なんでしょうか。

「そんな気がしてならないんですよ。ここを読むと胸がいっぱいになります」

巧みな語り口

「とにかく、すごく上手に期待をあおるんですよ

だれ一人、オーバーロードが人類を導いていこうとしている未来を、知らなかったのである。(P.42)
われわれはこの先どこへ行くのだろうか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(P.170)
わたしくは(原文ママ)、ますます、人間たちが気の毒になってきました。(p.250)

 なるほど、「え、いったいどうなるの!?」という気分になりますね。

「でしょう? おかげで徹夜続きですよ。おまけに、」

ジャンは父親が、酔っぱらったのを見た憶えはなかったが、かといって、かれがしらふ・・・でいるのを見たことがあるかと訊かれても、はっきりした答えはできなかった。(P.137~138)
利口な子供だったが、どうまちがっても天才になる心配はなかった。(P.251)

「なんていうジョークもところどころに挟んであるんです」

 ははは、それもおもしろいですね。確かアーサー・C・クラークはイギリスの作家だったと思いますが、そのせいかちょっと皮肉っぽいですね。

感想

 美濃さんは『幼年期の終わり』をお読みになってどう思われましたか?

「とにかく圧倒されました。3回読んで3回とも。言葉だけでこんなに壮大でワクワクする世界が作れるなんて知りませんでしたよ。最後、ジャンが報告を終える場面なんて聴こえるはずのない轟音が聞こえるような錯覚すら起きてしまいます。次の文章もラストシーンからです」

しかしカレルレンは知っていた──彼らは最後まで諦めることはない。(中略)だが、その奉仕のうちに、おのれの魂までも失うことは決してないのだ。(P.331)

「これはオーバーロードについての文章ですが、私には作者の人間賛歌に聞こえて仕方ありません」

 なるほど…何となくですが、分かるような気がします。

「感動ってこういうことを言うんだな、と3回目に読み終わった時思いました」

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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