『みいちゃんと山田さん』第1巻(亜月ねね)「私達の日々は確かにあったよね」

目次

先にまとめから~みいちゃんに救いはあったのか~

 あなたは『みいちゃんと山田さん』をご存知ですか? ちょっと変わった新人キャバ嬢みいちゃん。先輩キャバ嬢でちょっとクールな山田さん。二人の交流を軸とするこの作品は、みいちゃんの凄惨な人生と夜の街を描いて現在、マンガ好きな人々の話題をさらっています。

 ですが、この作品は本当に救いがなくてただショッキングなだけの鬱マンガなのでしょうか?

「違うよ」私ならそう答えます。

みいちゃんには本当に救いはなかったの?
ネットにはみいちゃんを「害獣」と呼ぶ声もあるけれど、もし本当にそうなら彼女の周りにいる奴らは何なんだ?
山田さんにとってみいちゃんはどんな存在だったの?

そして──人間の尊厳って何?

 私にとって『みいちゃんと山田さん』は救いと良心、そして人間の尊厳の物語なんです。

 いつもは「おもしろい本をご紹介します!」というスタンスで記事を書いているのですが、本作に限っては「読みながら様々なことを考える過程をつづり、心の中でみいちゃんに花を手向ける」記事になると思います。そんな記事にも変わらずお付き合いいただければ、そしてみいちゃんにほんの少し心を向けていただければ、こんなにうれしいことはありません。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『みいちゃんと山田さん』と言うマンガをご存知ですか?」

 ええ。前からタイトルは知ってたんですが最近大きな話題になっていると聞いたもので、第1巻から一気読みしました。今は第4巻まで出てるんですが(本記事執筆当時)、近々第5巻が出ることになってます。

「聞くところによると、かわいらしくてポップな絵柄に反して非常にシリアスな内容だそうで」

 そうなんですよ。序盤でいきなりバッドエンドが提示されてますしね。

「どういうことですか?」

 そうですね……くだくだご説明するより、第1巻のあらすじからお話ししましょうか。

「お願いします」

第1巻のあらすじ

 舞台は2012年の歌舞伎町。1月に、大学生・山田さんが働くキャバクラ「エフェメール(フランス語で「はかない」「つかの間の」という意味)」にみいちゃんが入店するところから物語は始まります。みいちゃんは21歳ですが見た目も言動も大変幼く、小学生レベルの漢字も読めません。ミス連発でトラブルメイカーのみいちゃんを山田さんは何故か放っておけず何かと面倒を見始め、みいちゃんも山田さんになつきます。

 実は第1話で、何者かに殺害されたみいちゃんの遺体が描かれます。この作品は2012年1月にみいちゃんが山田さんと出会い、1年後何者かに殺されるまでの物語なんです。

「殺される!?」

 はい。

人物紹介

みいちゃん

「ずいぶんショッキングな導入ですね。まず、みいちゃんってどんな人物なんですか?」

 山田さんと同い年ですが明らかに軽度から中度の知的障害があり、俗に言う「空気が読めない」人です。加えて

・同じミスを繰り返す
・うまくいかないとかんしゃくを起こす
・警戒心のなさは危険レヴェル

という具合で、同僚のキャバ嬢から敬遠されたりいじめられたり。ただ素直さや愛嬌はあるので、彼女をかわいがる人物もいるにはいます。

「……知的障害・若い女性・夜の街とお聞きしますと、その『かわいがる』にもいろいろある気がするんですが……」

 さすが美濃さん、ご明察です。みいちゃんは貞操観念がかなりズレていて、性的に奉仕することが彼女にとって自分の価値を実感する方法、あるいは安全に生きる方法になってしまっているんですよ。

「何かきっかけがあったんでしょうか?」

 そこは先々明かされます。ただ、同僚であるココロと撮った写真を店のSNSにアップしたり万引きをしたり、彼女が加害者になる場面もあります。この巻では周囲はみいちゃんとどうかかわっていいか戸惑ったり模索したりしている感がありますね。

山田さん

「で、そのみいちゃんの面倒を見ているのが山田さんですか」

 はい。もっとも「山田」は偽名で、本名は今のところ不明。彼女は大学3年生ですが、大学にもキャバクラの仕事にも冷めています。感情が乏しいわけではないもののあまり表情が変わりません。また、これは第4巻でクローズアップされるのですが、山田さんは母親から教育虐待を受けていました。

「大学に対して投げやりなのも、みいちゃんの面倒を見ているのも、教育虐待の影響でしょうか?」

 はっきりとは分かりませんが、考えられますね。そう言えば第1巻にそれをうかがわせる場面があります。

「どんな場面ですか?」

 みいちゃんが、客からもらったぬいぐるみと自作のチョコを控え室で同僚たちにプレゼントするのですが、どちらも目の前で捨てられてしまいます。落胆するみいちゃんに、山田さんはわれ知らず子ども時代の自分を重ねていました。母親の好きな花を絵に描いてプレゼントしたら、そんなことより勉強しろと叱られて絵を捨てられた時の自分を。

私が作ったもので喜んでもらいたい 褒めてもらえるといいなって そんな感情もママにとっては押し付けだったのかな(第4話「雪降る日」)

「……そりゃ子どもにはつらいでしょう。みいちゃんの面倒を見ることは、山田さんにとって子ども時代の自分を癒すことだったのかもしれませんね

 そうかもしれません。ところで、山田さんについては一つとても興味深い描写があるんですよ。

「何ですか?」

 第2話で山田さんは待機時間に本を読んでいるのですが、これがなんと19世紀初頭に書かれたドイツ文学の古典、ノヴァーリス『青い花』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)なんです。有名な作品ではありますが、かと言ってゲーテ『ファウスト』とかフランツ・カフカ『変身』みたいに「本読みならタイトルくらいは誰でも知ってる」というほど有名ではありません。多少ドイツ文学の知識がある人ならたいてい知っている、という感じですね。
 大学には興味を失ってるけど知的好奇心は強いのか、あるいは母親から受けた虐待の名残りでそうした、いかにも教養という感じの本を読む癖がついているのか、そのあたりは分かりません。ただ、山田さんの人物像を考える上では見逃せない点だと思います。

モモ

 彼女は先輩キャバ嬢の一人で、リーダー的な立ち位置にいます。張り付いたような笑顔が特徴で、露骨にみいちゃんをいびります。ただ、どちらかというと知的障害者に対する差別というより、それもあるとは思いますが、純粋なサディズムと見た方がよさそうです。

ココロ

 彼女もみいちゃんの同僚で、ちょっと複雑な描かれ方をしています。

「と、おっしゃいますと?」

 第1巻ではみいちゃんに勉強を教えようとするものの4日で匙を投げたり、みいちゃんを自分より下の存在と見て安心しようとしたりしています。

「そこだけお聞きするとちょっとイヤなやつに思えますが、そうは言いきれないんですか?」

 そうなんですよ。一度はみいちゃんのために勉強会を開いたわけですし、第2巻ではみいちゃんに重要な知識を伝えようとしています。かと思うと第3巻では非常に醒めた一面も見せていますしね。リアリストだけど理不尽には目をつぶることができないのか、あるいは単に、例えばハンガーにかかった洗濯物が傾いていたら直さずにいられないような感覚でズレやミスを放置できないだけなのか。出番は少ないですが興味深い人物です。

ムウちゃん

 彼女はみいちゃんの旧友で、彼女も軽度~中度の知的障害者です。ただ自分でそのことを受け入れていて、福祉サービスを利用している点がみいちゃんとの大きな違いです。彼女も風俗店に働いたり窃盗で刑務所に入ったりした過去はあるものの、家庭などの環境が違っていればみいちゃんはムウちゃんに、ムウちゃんはみいちゃんになっていたのかもしれません。

店長

 店長は第1巻ではうるさいなりに面倒見も良い人物として描かれています。例えば、相変わらずミス連発ではあるものの少しずつ成長しているみいちゃんを認めていたり、グラスを何度も割ってしまうみいちゃんのために専用カップを用意したり。ただ……。

「ただ?」

 そこから先は後々お話ししますよ、今お話しするとまるっきりネタバレですので。

「また気を持たせるんですから……」

 ただ、店長のようなやり方でみいちゃんと関わる人物はこれまで無数にいたんだろうな、とは容易に想像できます。

山田さんのみいちゃんに対する思い

 先ほどお話ししたように本作はみいちゃんと山田さんの交流を軸として進みますが、山田さんがみいちゃんに対して抱いている思いはかなり複雑なようですね。

「どういうことですか?」

 一言で説明しにくいんですよ。友情のような憐憫のような、あるいはほかの何かのような……これはもう、個々のエピソードや描写、山田さんの表情から感じとっていただくほかないでしょう。

「例えば?」

 例えば作品冒頭、山田さんがみいちゃんの墓前に立つ場面です。

もうあれから何年経ったんだろうね? みいちゃん(第1話「1か月目」)

 これも細かく説明するとネタバレなんですが、墓前に飾られているアイテムに山田さんの深い思いが感じられます。第5話の末尾でみいちゃんの死亡に関するネット記事をスクラップしている場面や、単行本だけの絵だと思いますがみいちゃんの遺品を見つめる絵もそうですね。

 第5話ではみいちゃんがコンビニで万引きをして店長が身柄を引き取りに行くんですが、そこに山田さんが同行します。この時の扉絵はおそらくエフェメールを出る時だと思いますが、無表情なようでいて悲しさや戸惑いがどことなく漂っています。
 そしてコンビニ店長に性的な奉仕をして許してもらったとみいちゃんが悪びれずに話した時の山田さんの顔には、明らかに悲しみや心配が浮かんでいました。

こういう人にどうすれば社会常識や善悪を伝えられるんだろう どこかにちゃんと叱ってくれる人がいるのかな(第5話「みいちゃんの友達」)

「みいちゃんの先々をいくらかでも思いやっていなければ、浮かんでこない考えですよね」

 はい。実際、みいちゃんの成長を保護者的な観点で見ている側面もあります。

どうしても私達は 自分以外の誰かと比べて 優れているか劣っているかで存在価値を測ってしまうけれど みいちゃんが「ダメな子」という認識も 他人との比較でしかないのかもしれない… 「みいちゃん軸」の中でなら 今のみいちゃんは「ちょっとイイみいちゃん」なのかな(第4話「雪降る日」)

そして何より、

私達の日々は確かにあったよね(第1話「1か月目」)

 とみいちゃんと過ごした日々を思い起こすモノローグに、山田さんのすべての思いが凝縮されているように思えてならないんですよ。

 ただ、こうお話しすると山田さんが一方的にみいちゃんを上から導くような存在に思われるかもしれませんが、無自覚ながらみいちゃんが山田さんの自立を導いている側面もあります。

「どういうことですか?」

 またもや気を持たせて恐縮ですが、第2巻以降をご紹介するときにお話ししますよ。

感想

「なにわt4eさんは『みいちゃんと山田さん』を読んでどんなことを感じましたか?」

 この作品はいろいろな読み方がされているようです。夜の街を舞台にした一種のサスペンスとしてとか、知的障害者に焦点を当てて社会の歪みを描く社会派作品としてとか。私は本作を、救いと良心、そして人間の尊厳の物語だと思っています。

「詳しくお聞かせください」

 先を読み進めると分かりますが、みいちゃんは誰かから大切に扱われる経験をほとんどしてせずに生きてきました。そして最後は惨殺されます。みいちゃんは何のために生まれてきたんだろう、彼女に救いはあったんだろうか……読むとそんなことを考えずにいられないんですよ。

「もしかすると、山田さんの存在はみいちゃんにとって救いだったかもしれませんよ。墓前に立ってくれたり心配してくれてたり」

 そうなんですよね。山田さんはみいちゃんを、時に小ばかにしているようにも見えるものの、それでもきちんと人間として付き合っていた。それはみいちゃんにとって救いだったかもしれません。
 しかし、だったらなぜ悲惨な最期を迎える必要があったのか? なぜ生きている間に救われなかったのか? という疑問が残ります。私にとって『みいちゃんと山田さん』を読むということは、それらの答えを見つけようとする試みなのかもしれません。

 一方で、山田さんがみいちゃんの墓前に立ったり関連記事をスクラップしたりしていたのは、みいちゃんの死で山田さん自身の胸に空いた穴を埋めようとしていたんじゃないかと思います。

「……確かに、亡き人への弔いは残された者の癒しでもありますからね。そう考えると、みいちゃんのみならず山田さんの救いも問われるべきかもしれません

 全く同感です。そしてこれは第2巻以降に深く関係してくることですが、みいちゃんを取り囲んできた人間たちに果たして良心はあったのか? みいちゃんの尊厳はどこにあったのか? という疑問もあります。これはおいおい話を聞いていただきたいと思います。

「分かりました」

 私は『みいちゃんと山田さん』を読むと、以前お話しした『ある行旅死亡人の物語』(←本ブログの紹介ページへ飛びます)を思い出すことがあるんですよ。

「それはまたどうして?」

 『ある行旅死亡人の物語』は私にとって、「あなたを気にかけている人がいるんだよ」というメッセージを静かに伝えてくれる本でした。みいちゃんは凄惨な最期を迎えることがはっきり示されていますが、彼女には山田さんという「あなたを気にかけている人」がいた。田中千津子さんにシマヱさん、武田惇志氏、伊藤亜衣氏がいたように。そんな連想です。

 おかしな話ですが実は、こうして『みいちゃんと山田さん』について美濃さんとお話しすることが、みいちゃんに花を手向けることになればと思っているんですよ。

「お付き合いしますよ」

 感謝します。

『みいちゃんと山田さん』をもっと深く味わいたい方へ

(全てAmazonの紹介ページへ飛びます)

『ある行旅死亡人の物語』(武田惇志・伊藤亜衣)
 人知れず亡くなった高齢女性の人生を拾い上げて静かな話題となったルポルタージュ。感想にも書きましたが、「あなたを気にかけている人がいるんだよ」と読む者に語りかけてくれる本です。

・『嫌われ松子の一生』(山田宗樹)
『みいちゃんと山田さん』を読んで本作を思い出した方は少なくないでしょう。音楽教師・川尻松子はあるきっかけから転落一方の人生を歩み、最後は殺害されます。しかしどこまでも幸せを夢見て明るく生きた彼女は、とても魅力的な女性でもありました。松子にあったような救いはみいちゃんにはあるのでしょうか?

『刑務所しか居場所がない人たち』(山本譲司)
 ムウちゃんの出所についてこんな記述がありました。

刑務所はいろんな意味でセーフティネットになっている 誤解しないでほしいのは知能指数が低いと犯罪を起こしやすいという訳では決してない ほとんどの人はルールを守りトラブルのない生活を送っているが 善悪の判断がつかずその自覚もない者が社会から逸脱する行動をとってしまうこともあるのだ(第5話「みいちゃんの友達」)

 そんな現実を、ヤングアダルト向けに解説した本です。著者の山本氏は政策秘書給与に関する不正疑惑で実刑判決を受けて刑務所に入ったことがあり、その時の体験をもとに書かれています。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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