『はっちぽっちぱんち』第5巻(原作:カツラギゲンキ、漫画:嵯峨あき)いるべき場所、友への思い

目次

先にまとめから~大切なものを失ってでも~

「この世界で生きて行こうとすれば大切なあの人を失うかもしれない。それでも自分はこの道を進みたい」
 そんな思いを抱いたことはありますか?
 そんな人を見守ったことはありますか?

 退路を断つ生き方って、受ける傷の深さを思うと自分がするのもためらうし、人にも無責任に勧められません。なのに強烈に胸を打つのはどうしてでしょうね? 『はっちぽっちぱんち』第5巻で本格的に「人を殴って生きて行く」道を選んだ希歩のそんな生き方に、私は目を奪われました。きっとあなたも…。

 かと言って希歩は、誰かを殴れればそれで満足という人物ではありません。クラスメイトのアキは彼女の身を案じ、戦友のレミに至っては彼女を守るために体すら張ります。アキやレミにそうさせるものは何でしょう?

 格闘技をテーマとしつつ人間群像としても一級品の『はっちぽっちぱんち』ですが、第5巻では色々な人物の思いもよらない「顔」が見られます。しかもただ意表を突くだけではありません。その人物の本質とか背負うものとかにきちんとつながっているので意外なんだけど納得できるんです。あなたも「このキャラのこと、もっと知りたい」「何だか自分のことみたい」と思ったり、あなたの知ってる誰かと重ね合わせて「あの人にもこんなところあるのかな?」と思ったりするかもしれません。

 読めば読むほど多彩なおもしろさ満載の『はっちぽっちぱんち』。その第5巻を一緒に楽しみましょう。
 こんな方には特におすすめします。

・覚悟を決めて生き方を選ぶ人を尊敬する方
・「離れていても熱い友情」を見たい方
・人間をいろんな角度から理解したい方

※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『闇落ち』っていう言葉をご存知ですか?」

 詳しいわけじゃありませんが、聞いたことはあります。

「どういう意味の言葉ですか?」

 その人物の暗い部分があらわになったり、暗い世界に身を投じたりする変化のことです。アニメや漫画でよく使われる言葉みたいですね。

「そうなんですか、実はネットの噂ですが『はっちぽっちぱんち』で希歩の闇落ちがどうのこうのと聞いたもので」

 ああ、そうなんですか。私も先日読みましたが、希歩のみならず美夜も闇落ちしたと言えるでしょうね。

「それじゃ、第5巻のことを教えていただけますか?」

 もちろん。

あらすじ

 希歩対アリス戦は、希歩が効果的にダメージを与えたもののアリスの危なげない勝利に終わりました。しかし希歩のセコンドを務めたらぶがアリスの行動に怒りを燃やし、覚悟してくれと告げます。らぶはそのまま対美夜戦に臨みました。

 希歩と美夜はダメージの蓄積がひどいという理由で一週間の休養を命じられ、REINAのすすめで希歩は一時帰宅します。そこで母親に自分の意志を話すつもりでいましたが、自宅近くでクラスメイトのアキが彼女を待っていました。自宅にアキを招き入れる希歩。そして希歩は母親に格闘技の世界で生きて行く決意を打ち明け、母親もその背中を押しました。

 友と別れ母とも別れ、リングにおのれの居場所を見出した希歩は美夜と対戦。追い詰められた美夜はしだいに、自分が一番でなければ気が済まない(あるいは、自分が二番目以下という状況に耐えられない)ゆえの苛烈な闘争心をむき出しに…。

希歩の決別

「希歩は友人とも母親とも別れたんですか?」

 そうです。アキは希歩が女子格闘技の世界に身を置いたことを知って身を案じ、希歩に事の次第を問いただそうとします。自宅に招き入れられたアキは、希歩がすでに遠い世界に行ってしまったことを悟ったんです。

「希歩はアキを捨てて女子格闘技を選んだ、ということですか?」

 うーん、そうは言いにくいですね。ただ、格闘技がやりたいなら柔道でいいじゃないかと話すアキに希歩は柔道じゃ殴れない、と答えます。そして

格闘技ってとっても楽しいんだよアキちゃんもわたしと殴り合おうよ(第39話「別れ」)

と続けます。実はこのセリフで活字が変えられていて、この瞬間の希歩がいわゆる「イっちゃってる」状態であることがうかがわれる演出になっています。アキは希歩のそんな変化に戸惑い、希歩から去りました。

悪いけど…わかんねぇ 受け入れられねぇよ… お前が殴られんのを応援もできねぇ…(同上)

「お話をうかがっていると、お互い大切に思い続けてはいるものの同じ世界にいられなくなったという風に感じます」

 ええ。私も、別れ際にそれぞれが見せた表情にそれを感じました。第4巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)のレミにも通じますが、希歩もアキもお互いに相手が大切な友人であることも真実であり、生きようとする世界が違うことも真実。どちらの真実を選んでも深い傷が残る、その上でどちらかを選ばざるを得ない、自分が自分であるために…正解のない選択ですよね。

「それで、母親とは?」

 希歩は母親に、人を殴りたくてしょうがない思いを打ち明けました。母親は彼女を静かに送り出し、介護士の阪東橋にこう語ります。

祈りましょう これが正しかったと…(同上)

 静かに描かれた一人一人の強い思いが胸に迫りました。と言うより胸が苦しくなったくらいですが、それなのに彼女らを見つめずにはいられません。

「アイツを止める……!!」

 この巻はレミの出番が非常に少なく、ページ数で言えばわずか5ページ。それにもかかわらずレミの存在感が非常に大きいです。まるで舞台袖でずっと舞台を見守っていたかのように。

「それはまた何故?」

 第5巻でレミが登場する唯一の場面はレミとNANAとのスパーリングなんですが、そこでレミがこう独白するんです。

勝ってREINA様を そして── アイツを止める……!!(第39話「別れ」)

「REINAの進めるRMAWSと希歩を止める、と?」

 ええ。今思うと第4巻で女子格闘技の行く末を憂えたレミは、同時に希歩の身をも案じていたのでしょう。希歩はこのままではパンチドランカーになるか他の重傷を負うかする、そしてREINAの計画が進めば他にもそんな選手が続出するという危機感がレミを突き動かしています。とりわけ、重傷を負う前に希歩を止めるという決意が。

「そのためにレミは古巣でおのれを苛めているんですか!?」

 そうです。私はここを読んで胸と目頭が熱くなりましたよ。

「レミはどうしてそうまでして…?」

 もちろん、一つにはレミの友情深さがあります。彼女の面倒見の良さは風呂場での一喝などで見られますしね。もう一つの決して見逃せない要因は希歩自身の人徳です。魅力と言ってもいい。彼女は人を殴りたくてしょうがないこと以外はごくまっとうな、母親にも友人にも思いやり深い人物です。友人との交流も無邪気に楽しむ。彼女らはそんな希歩だからこそ本気で身を案じ、レミに至っては体を張りさえするんでしょう。私としてはここを絶対見落としたくないし、美濃さんにも見落とさないでいただきたいと思っています。

「…心して読みます、なにわt4eさんがそうおっしゃるなら」

 ありがとうございます。

様々な表情

 第5巻では色々な人物が意外な表情を見せています。しかもきちんと人物造形や物語の流れに裏付けられているので、取って付けたような安易な演出ではなく人物造形の豊かさになってるんですよ。主なところを見ていきましょう。

らぶの怒り

 意外な表情という点で、私にとって一番インパクトが強かったのはらぶです。希歩対アリス戦でアリスはすでに決着がついたはずの希歩を追撃しました。希歩の迫力に戦慄して思わずやってしまったものと思われますが、日頃は柔和ならぶがあの追撃は必要ないと分かっていたはずだとアリスを問い詰めて

覚悟しておいてください(第34話「戦う理由」)

と言い残します。作中でらぶが初めて見せた怒りの表情には静かな迫力がありました。

綺の喜び、焦り

「喜びに焦り、ですか? 綺ってクールビューティのイメージがありますが」

 確かにそうですね。第1節で1位を防衛したご褒美として、REINAが彼女にプロ世界王者・白崎小雪とのスパーリングを組みます。それを聞いて綺は

本気で… やってくれるんですよね?(第37話「ご褒美」)

と顔を輝かせました。そしていざ始まると綺は手も足も出ずに焦りの表情を浮かべます。第4巻でも綺は麗に抱き着かれてきまり悪そうな顔をしますが、こんな風に時々見せる人間臭い顔もおもしろいですね。

「だからこそファイトには一切の妥協を許さない峻厳さが引き立つ、という面もあるのでは?」

 さすが美濃さん、よくお分かりですね。おまけに世界王者とスパーリングと聞いて本気で喜ぶんですから、格闘家として相当肚が座っていると思います。ちなみに白崎はキックでは猛者なのに性格は極端な人見知りもしくは恥ずかしがりで、あげくに坂本を(恐らく)ママと呼びそうになっています。彼女も彼女でクセが強いですね。

美夜の本質

「そう言えば第3巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介いただいたときに、美夜が少しずつ本性を表し始めたようなことをおっしゃってましたが」

 はい、希歩対美夜戦では闘争心を通り越してついに希歩に等しい狂気の域に到達しています。あるいは希歩がそれを引き出しました。初めのうち、狂気だけでなく格闘技術も明らかに進歩した希歩に美夜は気圧(けお)されていました。しかし、ナンバーワンへの執念が彼女を突き動かします。

みやが1番じゃなきゃ気が済まない!! 邪魔するんじゃねぇ!!(第41話「覚醒」)

 そこからの試合展開は凄絶の一言に尽きます。

「戦友が無意味に痛めつけられたことに怒るらぶ、筋金入りの格闘家であるがゆえに世界王者とスパーリングを組まれて喜ぶ綺、ナンバーワンへの執着から狂気に目覚めた美夜…確かに説得力がありますね」

 でしょう?

感想

「なにわt4eさんのご感想をお聞かせください」

 やはり、希歩を守るためにわが身を削るレミのひたむきな友情が胸に突き刺さります。レミに付き合うNANAも面倒見のいい先輩ですね。レミの面倒見の良さはもしかするとNANAの影響もあるのかな? と思いました。

 希歩の格闘技術が目覚ましく進歩している点にも目を引かれました。もちろん経験不足ゆえに粗削りなところもありますが、パンチがテレフォンパンチじゃなくなってるし、美夜のパンチを肩でいなすわダッキング(※)まで使いこなすわ。そして死力を尽くして美夜と戦う希歩が浮かべる至福の表情には、何度読んでも新鮮な驚きを感じます。

あぁ── 楽しい──!! ほら見てよ お母さん アキちゃん 二人にも知ってほしいな ここならいいんだよ 好きなだけ殴っていいんだよ こんなにステキな場所なんだよ(第43話「死闘」)

 私は、格闘技をこんな風にとらえる人物を他に知りません。

 太田姉妹がRMAWSに参戦した理由はある恩返しのためだとこの巻で判明するんですが「あ、ちょっといい子じゃん」と思いました。ムエタイ文化の知識があるあたりにも、彼女らがただのヤンキーでないことがうかがわれます。ついでに言うと第4巻では彼女らのSNSプロフィール画像が有名なネットミームのパロディになってましてね、初めて読んだ時はコーヒー吹きました。

 格闘シーンに迫力があるのはもちろん、色々な人物の多面的な魅力が描かれていて、いやが上にも惹きつけられる作品ですよ。私としては、特にレミから。

※…かがんでパンチを避ける技術。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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