『プリズン・ブック・クラブ』(アン・ウォームズリー)受刑者たちは読書に夢中!

目次

先にまとめから

 こんなあなたに本書『プリズン・ブック・クラブ』をおすすめします。

 ・日頃、見ることができない世界を見たい方
 ・罪を犯した人が立ち直る姿を見たい方
 ・本を読む意味って何だろう? と考えている方  

 刑務所の中で受刑者たちが読書に夢中、と聞くとあなたは驚きますか? この本はカナダのコリンズ・ベイ刑務所で開催される読書会に身を投じたジャーナリストが、自分もかつて犯罪被害にあったトラウマに時として悩まされつつも本を通じて受刑者たちと向き合い、互いを少しずつ理解し、読書の意味を考えるノンフィクションです。

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概要

「なにわt4eさん、いつぞやお話しいただいた『プリズン・ブック・クラブ』についてお聞かせください」

 ええ。まずお断りしておくと、本書はノンフィクションです。著者アン・ウォームズリーはカナダの雑誌記者でしたが仕事に行き詰まりを感じていました。そこへ友人キャロルが、コリンズ・ベイ刑務所の読書会に参加してほしいと声をかけます。著者自身かつて路上で強盗にあい、そのトラウマから脱け出しきれずにいました。それでも一度やってみようと考えて著者はキャロルとともに参加します。犯した罪やそこに至るまでの人生を見つめ直しつつ読書に取り組む受刑者たち。会で取り上げる本に対する彼らの解釈は著者にとって時に深くうなずけるものであり、時に驚くほど意外なものでした。そしてこの読書会を通じて著者も受刑者も少しずつ変わり、読書会は他の刑務所へも広がっていきます…。

刑務所の読書会って?

「実は、そもそも読書会とは何ぞやということからしてよく知らないんですが…」

 会のみんなでこの本を読もうと決めて、読んだ感想や疑問などを話し合う集まりです。感想の発表がメインだったり深い議論が目的だったり、毎回全く違う本を読んだり10巻以上あるような大作を数年がかりで読んだり、会によっていろいろなスタイルがありますが基本は今お話ししたような感じです。

「読書会そのものについてはそのご説明で分かりました。ですが刑務所で行われるとなると、一般の刑務所とはいろいろ違いがあるのではないですか?」

 おっしゃる通りです。本書で読む限り、大きく分ければ二つの違いがあります。一つはシステムの違い、もう一つは参加者が抱く感想の違いですね。

「システムの違い?」

 読書会の目的とか、独特の配慮ということです。まず本書で描かれる読書会は、受刑者の更生プログラムの一環として行われています。本を通じて自分を見つめ、多様な価値観に触れる経験を更生に役立てるというわけですね。ただ、著者もそれを分かっていつつも参加するときには迷いを感じていました。

はたして、文学は受刑者の人生になんらかの変化をもたらすことができるのだろうか。(P.38)

 もう一つの大きな違いは、やはり安全面への配慮ですね。少し離れた別室から教誨師が見守っていたり、ものを隠せるような柔らかいクッションの使用が禁止されていたり、危険やトラブル回避の策がとられています。

「参加者が抱く感想の違いとは、どんなことですか?」

 まず読書会自体について、参加者のこんな言葉が紹介されています。

おれたちはここに閉じこめられている。まわりは憎しみと主張ばっかりだ。みんながなにかを主張してる。でも、読書会に来る人たちは主張しない。すごくやさしくて気さくで、一緒にいるとほっとするんだ。(P.68)
刑務所は受刑者同士が孤立している場所だというのに、この読書会でなら、人種や民族やギャング団の派閥の壁を「やすやすと越えられる」ことに驚く、と。(P.89)

 前者は「あるメンバー」とのみ紹介されている参加者の言葉で、後者は新規メンバーの勧誘など重要な役割を果たすグレアムが手記につづった言葉です。

「受刑者同士がギスギスしているだろうというのは何となく想像がつきます。でも読書会の中はそうじゃない、と感じているみたいですね」

 ええ、こうした意味の言葉が本書では繰り返されています。本への感想にもところどころ、彼らの犯罪歴の影響がうかがわれます。

男を助けたくて胸に刺さったナイフを抜いたアダムの行為に、メンバーはもどかしさを抑えきれないようすだった。「ムショにいたことのあるやつなら、殺人現場の凶器に触れちゃいけないことくらい、誰でも知ってるのにな」とグレアム。(P.326)
いったん罪を犯すと永遠に罪人のままで、その汚名は一生ついてまわる。そういう考えかたはいまでもまったく変わってないように思えるし、当事者として身に染みてるやつも多いはずだ(P.389)

 前者はウイリアム・ボイド『ありふれた嵐』、後者はマーガレット・アトウッド『またの名をグレース』に関する感想です。

「どちらも、いわゆる塀の外の読書会では聞けそうにない感想ですね」

 少し不謹慎な言い方かもしれませんが、そうした感想が読めるところも本書のおもしろいところです。

受刑者たちは変わった?

「更生プログラムの一環ということでしたが、受刑者たちは読書会を通じて更生しているんですか?」

 数人のメンバーについては、出所後にカタギの仕事で堅実に生きている様子が語られています。例えばメンバーの一人ベンは倉庫作業や家具の塗装などをして、会社を興してはたたみ、今度はコーヒーがらみのベンチャービジネスを計画しています(P.413)。ドレッドはジャマイカに強制送還されたのちそこに家を建て、子どもを学校に通わせました(P.415)。

 メンバー全員についてその後が語られているわけではないのですが、この読書会は少なくとも著者にとって彼女の父がかつて語った言葉、

人の善を信じれば、相手は必ず応えてくれるものだよ(P.15)

を裏付ける体験だったのではないでしょうか。

「…更生はなされた?」

 安易に断定はしかねますが、読書会が更生を後押ししたとは言えるでしょう。人生が変わったのは著者も同じです。

この世界には、なんとさまざまな囚われ人がいることだろう。監獄の囚人、宗教の囚人、暴力の囚人。かつてのわたしのような恐怖の囚人もいる。ただし、読書会への参加を重ねるたびに、その恐怖からも徐々に解放されてきた。(P.303)
彼らの読書会には切実な思いが詰まっているし、あの場では、彼ら自身の人生やわたしの人生を変えるようなことさえ起こりうるからだ。彼らの言葉の少なくともひとつは、これから先もずうっとわたしとともにあるにちがいない。(P.422)

と書いているように。

本を読むことの意味

「こうしてお話を聞いていると、これが本を読むことの意味なんだろうかと思います」

 と、おっしゃいますと?

「本が誰かの人生を変えることさえあるのかもしれない、ということです。よく言いますよね、本を読むと頭がよくなるとか人間性が磨かれるとか、語彙が豊富になるとか。私は読書経験が乏しいのでよくは分かりませんが、『プリズン・ブック・クラブ』についてお聞きしているとまんざらデタラメや都市伝説ではないような気がしてきます」

 そうですね。私はいま美濃さんがおっしゃった読書の効用についてどちらかと言うと懐疑的なんですが、コリンズ・ベイ刑務所の読書会は確かに受刑者と著者の人生を変えてます。

本を一冊読むたびに、自分のなかの窓が開く感じなんだな。度の物語にも、それぞれきびしい状況が描かれてるから、それを読むと自分の人生が細かいところまではっきり見えてくる。そんなふうに、これまで読んだ本全部がいまの自分を作ってくれたし、人生の見かたも教えてくれたんだ(P.122)
文学作品を読むことが他者への共感につながるという調査結果は、これまで何度も報告されている。(中略)ひとつの仮説として挙げられるのは、文学作品の登場人物はわかりやすく描かれていなかったり、ステレオタイプではなかったりするため、読者は彼らの考えを自分で想像することを求められ、その結果として共感力が育まれるというものだ。(P.418~419)

と語られるように。

感想

「なにわt4eさんはこの本をどう思われますか?」

 先ほど申し上げた通り、読書が人生を変えるということに私はどちらかと言うと懐疑的です。多少は読書をしてきましたが、自分の人生が読書で変わったようには思えませんので。ただ、そんな私でも本書を読んで、受刑者たちにとって読書会がいかに大きな存在か、本にはこんなことができるのか、ということを感じて驚きました。受刑者たちに本は憩いのオアシスを提供し、自分を見つめ直させ、彼ら一人一人が今なお持っている可能性に目を開かせています。誠実に生きようとする限り何かがあなたを助けてくれる、そう本は彼らに語りかけています。

「ただ、加害者が更生するのはいいとしても、それで被害者が救われるのかという議論はありますよね」

 おっしゃる通りです。そして単純にそれをテーマにしていないからだと思いますが、本書はそこには触れていません。

非常に大ざっぱに考えるなら「被害者は不幸なまま、加害者も更生しないまま」よりは「被害者は不幸なまま、加害者は更生した」の方がましとも言えますが、被害者やその周りの人たちとしてはそんな理屈で納得できるものではないでしょう。ただ少なくとも、被害者とも加害者とも無関係の第三者、はっきり言えばやじ馬が加害者の更生をとやかく言うべきではないというのが私の考えです。加害者が更生すれば新たな被害者が出るのを防げる面もあります。

 なおこの読書会では、以前ご紹介したジョン・スタインベック『怒りの葡萄』(←本ブログの紹介ページへ飛びます)も取り上げられています。私の愛読書なので、これは嬉しい偶然でしたね。『怒りの葡萄』に着想を得たブルース・スプリングスティーンの名曲「ザ・ゴースト・オヴ・トム・ジョード」にも触れられていましたし。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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