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「これから記すのは、ひとりの僧侶の目に映った『生と死』である」(講談社文庫版・以下同じ、P.19)
(架空の人物・美濃達夫さんから本書について尋ねられた、という設定で書いております)
取引先の方が堀川惠子『教誨師』を読んでおられたのですか?
「そうなんです。袴田事件の再審請求がニュースになってたでしょう、それで興味を持たれたそうです」
なるほど、確かに袴田巌さんと言えば今は釈放されてますがかつては死刑囚でしたね。袴田さんが教誨を受けていたかどうかは分かりませんが、その方は「死刑囚」をキーワードとして教誨師を連想されたのだと思います。
「教誨師って何ですか?」
教誨師とは受刑者を教え諭し、自分を見つめ直すきっかけを与え、更生へと導く宗教家です。この本はその第一線で働き続け自らも病に苦しんだ渡邉普相にノンフィクションライター・堀川惠子が取材したノンフィクションでして、私もよく読み返します。ちなみに第1回城山三郎賞受賞作です。
「概要はどんな感じですか?」
いささか乱暴ですが箇条書きにしてみます。
・渡邉氏の生い立ちから僧侶になるまで、原爆と売春をめぐる原体験
・大先輩・篠田龍雄と出会い、教誨師になるいきさつ
・一人一人の死刑囚との対話、そして執行
・渡邉氏の闘病生活と再起、死刑囚の励まし
・渡邉氏が伝えたかったこと、著者の思い
渡邉氏の教誨は、お偉い宗教家が死刑囚に仏様のありがたい教えを説くというものではありませんでした。死刑囚と教誨師があるときは和やかに、あるときは怒りや悲しみをあらわにして、あるときは傷つけて、きわめて人間臭く向き合うものでした。例えば、山本勝美(仮名)がかつて脱獄して町で酒を飲んだことを渡邉氏と語るエピソード。あるいは横田和男(仮名)が執行間際に母への思い、恨み言を叫ぶエピソード。渡邉氏の何気ない一言で山浦良太(仮名)が完全に心を閉ざしてしまうエピソードも、渡邉氏にとって失敗という言葉では到底追いつかないほど重大な体験だったでしょうが包み隠さず堀川氏に話されています。
本書を貫いているのは「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」べらんめえ口調で言えば「てめぇの罪深さも知らねえでいい気になってる善人さえ救われんだから、自分の罪を悔いて悩んでる悪人が救われんのは当然じゃねぇか」という浄土真宗の悪人正機説です。渡邉氏が浄土真宗の僧侶なので当然と言えば当然なのですが。 死刑とは何なのか、人間とは何なのか、人間が人間を救えるのか。読んでいるうちにいやおうなくそんなことを考えてしまいます。
「ずいぶんと重い内容ですね。この本は死刑に賛成か反対か、どちらの立場で書かれてますか?」
どちらの立場にも立っていません。そう聞くと「中途半端」「意見表明から逃げている」という印象を受けるかもしれませんが、堀川氏と渡邉氏が死刑に向き合う姿勢は命がけと言っていいくらい真剣です。
あれは何度目の面会だっただろうか、渡邉が真剣な面持ちで聞いてきたことがある。
「ところであなたは、わっしが死刑に反対か賛成かということを一度も聞きませんなあ。マスコミの人には必ず聞かれるんですがな」
何の気なしに答えた。
「死刑について誰よりも知り尽くしている人に、今さら賛成とか反対とか単純な質問をしても、仕方がないと思います」
その日からである。彼は少しずつ、死刑囚との日々について口を開くようになった。(P.16~17)
事実、渡邉氏の言葉は死刑に賛成か反対かを超えたところから響いてきます。言い換えれば、『教誨師』は死刑に賛成だろうと反対だろうと読者の胸に刺さる本というわけです。
「なにわt4eさんのご感想を教えてください」
読後感を手短に言うと2時間みっちり筋トレに打ち込んだ後の疲労に似ています。あ、私もかつてジム通いしてたので。人間は複雑で、無力で、惨め。ならどうして生きなきゃならんのだろう、分からなくても生きなきゃならないんだ…読み返すたびにそんなことを考えます。
ただ、本書の執筆中に渡邉氏が亡くなったことについて堀川氏は「ほんの少しの文句」(P.342)と述べます。このちょっとユーモラスな言葉が、先にお話ししたような読後感をわずかに和らげてくれるんです。
「そんな重苦しい本、なんで何度も読み返すんですか?」
美濃さんならわかるでしょ?ジムで2時間かけてやる筋トレも、終わった直後は「二度とやるもんか」と思うけど2日くらい経つとまたジムに来ちゃう。あれと同じですよ(笑)。
まとめ
何人もの死刑囚を教誨し、自らも病に襲われた渡邉氏の人間臭い悪戦苦闘を取材して最後に堀川氏は、またおそらく渡邉氏も「人間の弱さ」に行きつきます。しかし、弱いからどうしようもない、救いなんかありゃしない、そうは渡邉氏も堀川氏も語ってはいません。弱いからこそ、何もできないからこそ、せめて寄り添い合おうじゃないか、胸の内を聴き合おうじゃないか…二人の声が私にはそんな風に聞こえました。
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