先にまとめから~暴挙に秘められた思い~
「炎上」──何かのトラブルやネットへの書き込みが発端となって轟々たる非難が巻き起こり、憶測や虚報すら飛び交う、ネット関連で恐らく最大のトラブル。もはや有名人だけのものではありませんよね。名もなき一般人もいつなんどき炎上に巻き込まれるか、分かったものではありません。
それでは、炎上を起こしたり炎上に加担したりする心理って何でしょう? 大切に支え続けた人がもし炎上に巻き込まれたら? その人が命まで落としたら?
本作『踊りつかれて』は、芸能人の炎上を通じて
・人間の危うさ
・泥だらけで希望と真実を求める人間の気高さ
をあぶり出し、「こんな世の中だけど、誰かを信じる心は持ち続けようよ」と読者に語りかける名作です。
本作は、大げさな仕掛けやどんでん返しこそないものの静かにあなたの心をノックし、いつしかあなたの心の「大切な一か所」になるでしょう。
こんな方には特におすすめします。
・人間なんか信じる意味あるのかな……と迷っておられる、そこのあなた
・「知的なジェントルマンの暴挙」と聞いて「えっ、何それ?」と思われた、そこのあなた
・「泣ける本」には興味ないけど「感動的な本」は読みたい、そこのあなた
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美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、いつでしたか『存在のすべてを』(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介いただきましたね」
そうでしたね、あれから1年少し経つでしょうか。
「遅ればせながら読んだんですよ。おすすめの通り、胸にしみる作品でした。岸とか酒井みたいなナイスおやじの存在もおもしろいし。だからですかね、お涙ちょうだいという感じじゃなかったのは」
そう、あの2人の存在感は大きいですよ。
「取引先の方が最近、踊り……なんでしたっけ、あの作者の最新作を読まれたそうで。私はそっちは読んでないんですが、『存在のすべてを』は読みましたと話したらすごく喜んでくださいました。おかげで20分くらい仕事の話はそっちのけになってしまったんですが、すすめてくださってありがとうございます」
そんなことがあったんですか!? お役に立てたようで何よりです。
「なにわt4eさんは最新作は読まれましたか?」
ええ、『踊りつかれて』ですね。もう3回読みましたよ。
「3回も!? それはすごいですね。ぜひお聞かせください」
あらすじ
ある年の4月15日、インターネットに「宣戦布告」という長文とともに83人の個人情報が晒されました。それは不倫による炎上を苦にして自殺したお笑い芸人・天童ショージと、でたらめなスキャンダル報道で姿を消した天才歌手・奥田美月の2人を執拗に誹謗中傷した者たちの個人情報です。まもなく犯人・瀬尾政夫が逮捕されました。彼は弁護人として天童の元同級生・久代奏を指名します。
瀬尾はかつて美月のプロデューサーであり、天童ショージの熱心な支援者でもありました。彼は天童と美月を追い詰めた者たちが赦せなかったと語ります。久代は瀬尾の弁護材料を求めてさまざまな人物と会う内に天童や奥田の過去、そして瀬尾という人物の実像を少しずつ知ってゆきます。彼らに与えられた救いとは?
目が離せない人びと
まずは主な登場人物についてお話ししましょう、恐らくその方がスムーズですので。
瀬尾政夫:83人の個人情報を晒した知的なジェントルマン

「ずいぶんな暴挙だと思いますが、知的なジェントルマンなんですか?」
ええ。確かに瀬尾の「宣戦布告」は狂気に近い怒りに満ちた文章でした。彼はその中で
赦さなかったおまえらが赦されるはずがないんだから。(P.18)
と怒りを吐き出しています。
「晒しの是非はともかく、うなずけない理屈ではないですね」
そして晒された者たちは、今度は自分が誹謗中傷される立場になりました。見ず知らずの人間に襲撃された者もいます。
「炎上を瀬尾は批判したはずなのに、そこでまた炎上したんですか? 皮肉と言うか何と言うか……」
その一方で、彼がある掲示板に書いたとされる「或るカナリアのさえずり」はネット社会の危険性を極めて精緻に分析した文章です。一筋縄ではいかない人物ですが、
俺、瀬尾さんのためだったら、何でもしますよ。(P.161)
と語った芸能事務所の社長をはじめ、久代が話を聞いたあらゆる人物が瀬尾を好意的に語るほど人望の厚い人物でもあります。
「個人情報の公開という暴挙からはにわかに想像できませんが、その人望はどこから来るんでしょう?」
一つ挙げられるのはひたむきさでしょうね。瀬尾は奥田とともに音楽を作るときには妥協なくお互いを追い詰め、天童にはマネージャーを紹介さえしています。そして裁判の被告人質問でネットの情報被害を防ぐための私見を語っています(P.271)。長いのでご紹介は控えますが、「瀬尾は根っこのところでは人間と社会を信じようとしているのだな」と感じました。それも彼の人望を裏付けるものだと思います。
そしてこの一文が、瀬尾と言う人物を雄弁に物語っています。
「才能への奉仕者」である瀬尾は、心に住み着いた歌手と芸人を守ることで、自らを輝かせる道を選んだ。誰に頼まれるでもなく、己の意志で。(P.304)
久代奏:瀬尾の弁護材料を求めて駆けずり回る弁護士

「先ほど、久代は天童の同級生とおっしゃってましたね」
ええ。単なる友人ではなく、恋愛という次元でもなく、なんとも形容しがたい関係ですが互いを認め合っていました。そんな彼女は瀬尾を弁護することになって、過去の関係者を片っ端からあたります。瀬尾は「おとなしく判決に従う」スタンスだったのであっさり済ませることもできたでしょうが、事件が天童に関係あることや、瀬尾がなぜか自分が天童の同級生だと知っていた(理由はのちに明かされます)ことのせいか、次第にのめり込んでいきます。
美月と瀬尾、そして天童と自分。
男女を超え、人として深く結びつくことの尊さ。人生の中で心から認め合える人がいることの喜び。自らを含めた二組の関係が、それぞれ同質の響きを奏でているようで心地よかった。(P.410)
今回の刑事弁護を通して、奏は真実に近づくことの困難さと人の恨みを買うことの危険性を身を以て知った。それでも人間を学んだ今は、弁護士として前に進みたい気持ちの方が強かった。(P.414)
「久代にとって瀬尾の弁護は単なる仕事とかキャリアとかではなかったようですね」
ええ。いい大人に「成長」という言葉を使うのは抵抗がありますが、本作は久代の成長物語という側面もあります。
なお久代には愛用の万年筆があるんですが、これにまつわるエピソードは久代の人柄が現れていて私は好きですね。
山城新伍:昼行燈っぽいけど懐の深い所長

「山城新伍って、まさかあの…?」
よくご存じですね。さすがに同姓同名の別人ですが、なんでこんな設定にしたんでしょう?
それはともかく、こっちの山城はいわゆる昼行燈ですね。なんだかボーっとした感じで、法律事務所の所長ではありますが「見るからに敏腕」という雰囲気ではありません。ただ、色々あって瀬尾の弁護は気が進まないと漏らす久代を
これは久代さんにとって大事な弁護になると、僕は思ってる。
依頼人がどこまで理解を示してくれるか分からんけど、気の済むまでやってみ(P.123)
と穏やかに励ます懐の深さがあります。
「事実、久代にとっては大きな意味を持つ弁護になったんでしょう? それを見抜いたという意味では慧眼の持ち主ですね」
同感です。
青山勝治:変わり者だが久代の身を案じる先輩弁護士

青山は事務所にしょっちゅう泊まり込んではだらしない姿を久代や山城に晒し、しかも司法試験の旧制度で合格したことを鼻にかけて、久代含め新制度で合格した世代の弁護士を小ばかにする偏屈者です。
「けっこうイヤなやつですね」
ところが瀬尾の公判では久代の身を案じ、ひそかに同行して体を張る後輩思いな面もあり、青山の語る「人間への興味」(P.211)が久代にとってある種の導きにもなっています。だからでしょうか、久代も本気で青山を嫌う様子はなく、憎まれ口にも適当に付き合っていますね。青山は久代にこんなことを言ってますが、何だかニーチェみたいです。
「ただ、危ない仕事ではあるな」(中略)「心の闇をのぞき込むことにもなるから、吸い込まれたら厄介や」(P.212)
「久代への忠告、でしょうか」
私はそう思って読んでいます。
奥田美咲:姪っ子思いな、天才歌手の生き証人

彼女は奥田美月のおばで、マスコミには一切語らなかった美月の幼少期を久代にだけは語ります。品の良いおばあさんですが、窮地に立った幼少期の美月を夫と協力して救う芯の強い面もあります。久代との別れ際に「瀬尾さんのことば、よろしくお願いしますね」(P375)と言っているので、年代の故でもあるのでしょうが、義理堅さも感じました。そんな美咲が
「嘘とか悪口ば書いた人は……碌な死に方しませんよ」
苦しげに眉根を寄せる美咲の目には、寒気が走るほど冷たい怒りが宿っていた。(P.375)
という表情を見せるのは、よほど美月を追い詰めた者たちへの怒りが深かったからでしょう。
「裏を返せば、それだけ姪っ子思いなんでしょうね」
はい。久代が彼女に聞き取りをしている場面は美月の、読むだけで苦しくなるような時期の話が多いのですが、美咲の温かい人柄に救われます。
それぞれの救い
「ストーリーも人物もすごく興味をそそられますね。ネタバレにならない範囲で、結末を教えて頂けますか?」
冒頭がセンセーショナルな割に全体としては穏やかに物語が進んでいきます。詳しくはお話しできませんが、瀬尾も美月も、そして久代も、最後に救われたと私は思っています。瀬尾がこう独白したように。
天ちゃんが大切にしたこの女性は、聡明さを少しも鼻にかけない心根の優しい人だ。(中略)手間を惜しまず依頼人と向き合える彼女は、これからもっと素晴らしい弁護士になるに違いない。(P.436)
結局、私という人間は、こうしてダイヤの原石に尽くして死んでいくのだろうが、それもまた一興ではないか。今回起こした事件も、社会正義の実現などという崇高な意思は微塵もなく、手前勝手に一矢報いたいと思っただけのことだ。(P.437)
そして天童も救われたのではないか、と私は思っています。
「自殺した天童も?」
はい。もちろん自殺は痛ましいことですが、瀬尾が天童の短い人生を背負って生きているという意味で。ラストシーンでの、天童を想いつつ瀬尾が独白する言葉にそれがよく表れています。
塩田氏の人間観──佐分利という支柱
実は、先ほどは触れませんでしたが極めて重要な人物がいるんです。
「どんな人物ですか?」
佐分利と言いまして、彼は鬼か蛇のような人物に追い詰められた幼少期の美月が逃げる手引きをしました。別れ際に彼は美月をこう励ましています。
「美月ちゃん、人生、悪いことばっかりじゃないし、この世の中、悪い人ばっかりでもない。必ず君のことを想ってくれる人が現れるから。一番強いのは、諦めない人だ」(P.356)
非常に苦しい時期を過ごしていた美月は、この逃亡から自分の人生を切り開いていきます。ここで佐分利は、何を諦めない人が強いと言っていると思いますか? もちろん正解はありませんが、美濃さんならどうお考えになりますか?
「場面の流れがよく分からないので難しいですが……私には、人を信じることを諦めない人、と読めます」
私もそう思うんですよ。そしてそれは本作のテーマでもあり、塩田作品の主要テーマであるように思います。本作で言えば炎上は、そしてそれを後押しする群集心理は「人を信じることを諦めさせる力」。ですが瀬尾も久代もこの力に逆らった。人を信じることを諦めまいとした。そうした人が一番強い、それを先ほど少し触れた彼らの救いとして塩田氏は描いたのではないでしょうか。「色々矛盾もあるし、過ちを犯してばかりだけど、それでも人間は信じる価値がある」そんな人間観を私は感じました。そしてそれを体現しているという意味で、佐分利は出番こそ少ないものの、本作の支柱となる人物だと私は思うんです。
感想
「なにわt4eさんは『踊りつかれて』を読んでどう思われましたか?」
やはり一番のポイントは瀬尾の魅力ですね。苛烈な行動と穏やかな人物像が、矛盾なく交差している。なるほど人間ってこういうとこあるよな、と思わされます。ご紹介では触れませんでしたが奥田美月も天童ショージも非常に深く掘り下げられていて、こりゃ瀬尾も支えたくなるはずだと感じます。美月は歌に、ショージは話芸に、才能に甘えることなくひたむきに取り組んでいましたから。
一方で、こちらも触れませんでしたが83人の1人であり瀬尾を訴えた藤島一幸のようにみみっちい人物も来歴などがきちんと描き込まれているので、久代や佐分利のような気高い人物と好対照になっておもしろいです。
テーマ的なことで言えば、塩田作品は先ほどお話しした人間観の他にもいくつかはっきりした共通点が見られるのも興味深いですね。
「どんな点ですか?」
『罪の声』(P.416)と『存在のすべてを』(P.177)には「犯罪者なんてつまらんもんだ」という一節、『存在のすべてを』(P.304)と本作(P.7)には「人には事情がある」という一節が共通しています。これも塩田氏の人間観と思っていいでしょう。
本作ではアンドレ・ギャニオン、『存在のすべてを』ではジョージ・ウィンストンというピアニストが紹介されている点もおもしろいですね。仕事も恋も失った女性が破れかぶれでオーケストラ再建に奔走する『女神のタクト』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)は音楽の描写が非常に緻密だったので、塩田氏は元々音楽に造詣が深いのかもしれません。
そして佐分利の「一番強いのは、諦めない人だ」という言葉。極論だとは思いますが、これが塩田氏が本作で私たち読者に伝えようとしたことだと、私には思えてならないんです。
●『踊りつかれて』に興味を持たれた方は、こんな本もどうぞ。(すべてAmazonの紹介ページへ飛びます)
・『デビルマン』永井豪
群集心理の危うさを痛感する作品と言ったら、『デビルマン』はその筆頭でしょう。それが牧村家を襲う悲劇の原因となったのですから。
・『神々は渇く』アナトール・フランス
フランス革命を舞台に、腐敗した権力を痛烈に批判していたはずの青年ガムランがやがて権力の体現者となって破滅する物語。塩田氏が影響を受けたかどうかは分かりませんが、「人間は正義でもって人を裁くにはあまりに不完全だから、慈悲と寛容さこそ人生の掟でなければならん」このメッセージはそのまま『踊りつかれて』にもつながっています。
・『罪の声』塩田武士
映画にもなったのでご存知の方も多いでしょう。「グリコ・森永事件」を下敷きにした本作は、重苦しくも温かい読後感が塩田氏らしい作品です。
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