先にまとめから~魔法少女は光になれるか?~
不思議な力で悪と戦い、弱い人たちを守る女の子──魔法少女。それは、助けられる人にとっては「光」でしょう。しかし、過去の傷が魔法少女を狂気へ導いていたら?
『魔法少女イナバ』の主人公・城戸兎衣は子どもの頃に受けた虐待を生き延びて、魔法少女イナバとして悪と戦い、弱い人を守ります。その反面、彼女は自分を一切守りません。彼女を駆り立てるものは何か?
ある意味で「救われていない者同士の戦い」と言える本書は、人によってはかなり心をえぐられる作品かもしれません。ですがもしかすると、傷ついた人に寄り添ってくれる作品でもあるかもしれません。「そうだよね、あなたもこんな風に傷ついてたんだよね」と。
ここにあるのは闇か? 光か? それを分けるものは何なのか? あなたも一緒に見つめてくれますか?
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美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、『魔法少女イナバ』というマンガをご存知ですか?」
ええ、最近その第1巻を読んだところです。美濃さんは読まれたんですか?
「いえ、本屋さんの店先で見ただけです。表紙で魔法少女がハンマーを握って笑ってるんですが、ハンマーは血まみれだし魔法少女の笑顔はどこか不穏だし、その時は買わなかったけどなんだか気になってまして。読まれたんでしたら、どんな作品か教えていただけますか?」
ええ、喜んで。おっしゃる通り、なかなか不穏な作品ですよ。
あらすじ
主人公の城戸兎衣(きどうい)はフリーターの成人女性です。彼女は幼少期に両親から虐待を受けており、その頃の彼女にとってTVアニメ『魔法少女イナバ』がただ一つの希望でした。長じて兎衣はイナバのコスプレ、本人いわく変身で日夜人助けにいそしむもののコンビニでのバイト中にもそれをやってしまうのでコンビニを転々としています。
ある夜彼女は若い女性が半グレ集団に拉致されかかっているのを助けます。それがきっかけで彼女は改人たち、人間と動物を融合させた怪人ですが、彼らとの戦いに身を投じる……という物語です。
この城戸兎衣という人物、一言で言うと「危険すぎて目が離せない」人物です。
城戸兎衣──危険すぎるヒロイン
「どういうことですか?」
兎衣の特徴をいくつか挙げてみましょう。
自分の負傷を一切顧みない
彼女は熊の改人(改人という存在については後ほどご説明します)との戦いで左腕を失うなどの大けがをしますが、それを意に介さず戦闘を続けます。
「自己犠牲の精神やヒロイズムが強い、ということですか?」
いえ、少し違います。彼女は他人を守ろうとする一方、自分を一切守ろうとしません。
「自分を一切守ろうとしない!?」
ええ。半グレ集団の邪魔をしたことで次は自分がさらわれて輪姦されそうになるのですが、一切抵抗しない。「イナバの力は誰かのためのものであって、自分のためのものじゃない」と兎衣は信じているんです。
また後のエピソードでも、右目をつぶされ左胸に大けがを負わされても、彼女はうつろな表情で敵に立ちはだかっています。
「ずいぶんと極端な人物ですね」
そうなんですよ、下手に凶暴なやつより物騒かもしれません。
敵の殺害をためらわない(少なくとも敵が人間でない限り)
第1巻で兎衣は2人の改人を殺害してますが、まったく躊躇しておらず、楽しげでさえあります。
まるで遊びみたいに襲ってくる… コイツ… 殺し合いに躊躇いがない(第3話「烏兎葬送」)
「相手が人間じゃないから?」
そうかもしれません。少なくとも敵が人間でない限り、兎衣は戦闘にも殺害にも恐れがないんです。
戦闘では用意周到なのに日頃の行動は短絡的
「そこはちょっと興味深いですね」
何しろ2人目との戦闘を想定して強力なフラッシュライトを用意したり、1人目との戦闘で左腕を失ったため作ってもらった義手にクロスボウを仕込んだりと非常に用意周到です。加えて、熊の改人が半グレを襲っている間に即席の火炎瓶を作るなど頭の回転も速い。
その一方で、バイト先のコンビニで迷子を見ると即座にイナバへ変身してクビになったり、虐待を受けている子どもに遭遇するといきなり父親に直談判して子どもを引き取ろうとしたりと、日頃の行動はかなり短絡的で、はっきり言えば思慮に欠けています。
彼女を狂気へ導いたもの
「お話しをお聞きしてますと、兎衣は魔法少女イナバとしての行動に特化した人格の持ち主という印象を受けます」
うまいことをおっしゃいますね。
かわいくてカッコいいイナバは いつも薄暗い私の家で唯一の光だった 私も光でありたい(第1話「変身!私が…魔法少女!!」)
虐待されていた幼少期に抱いたそんな思いが、兎衣の場合はかなり危険な方向に向かっています。まるで、イナバ以外の自分は自分ではない、とでも信じているかのごとく。
「だからって虐待サヴァイヴァーがみんなそういう極端な人間になるわけじゃありませんよね。兎衣の場合はどうしてそんな風になったんでしょう?」
一言にまとめることは不可能かもしれませんが、私は『タイガーマスク』『ウルトラマンレオ』『仮面ライダーV3』を連想しながら考えてみました。
「詳しくお聞かせください」
それぞれ、非常に大ざっぱに言うとこんな物語です。
・孤児として苦しい幼少期を送った伊達直人が、プロレスラーとして闘い孤児たちを援助する
・故郷L77星をマグマ星人に滅ぼされたレオが命からがら地球にたどり着き、地球を守るために闘う
・両親と妹を怪人ハサミジャガーに目の前で惨殺された風見志郎が、デストロン打倒のために闘う
彼らは深刻な傷を、最終的には「自分も他人も幸せに生きることを目指して闘う」という健全な形で昇華することができました。
一方の兎衣は明らかに違います。「他人を幸せにするために自分の幸せを放棄する」という、かなりゆがんだ形で傷の影響を受けている。
「どうしてそんな違いが生まれたんでしょうか?」
いろいろな考え方があると思いますが、美濃さんならどうお考えになりますか?
「そうですね……例えば、家庭外での人間関係に恵まれたとか、本やドラマなどで健全な昇華の形を知ったとか、そんな経験があれば兎衣にも違うあり方ができたんじゃないか、という気がします」
私の考えもたぶん美濃さんに近いです。これはあくまで私の仮説ですが、彼女を狂気へ導いたのは「つながり合う他者の不在」ではないかと思います。
「つながり合う他者の不在?」
ええ。詳細は省きますがタイガーマスクにもレオにもV3にも、それぞれ「つながり合う他者」がいました。ひるがえって兎衣には、「つながり合う他者」がいたかどうか不明です。今のところ、そうした他者の存在は示されていません。
「……『つながり合う他者』がいれば自分の辛さを分かち合ったり言葉にしたりできるので、それが傷を昇華する助けになる。しかし兎衣にはそうした他者がいなかったかもしれない、ということですか」
そうです。加えて、幼少期に虐待を受けた経験が兎衣の自己肯定感を大きく下げてしまっていることは容易に想像できます。
「そんな兎衣がイナバとして闘うとしても、それが人を助けることになるかどうかは判断が難しいですね」
私もそう思います。傷を昇華できるか傷に支配されるかの違いはどこで生まれるのか、救われていない者が他者を救おうとすることはその他者にとって希望か暴力か、考えずにいられない作品ですね。
改人たち
「で、兎衣が闘う相手ですが、怪人ではなく改人ということでしたね」
ええ、動物と人間を融合させた生物です。肉体は熊や烏などの特徴を備えてますが、外では人間の姿をしており、知性や感情、生活様式は人間のものです。ただ人間を食料としており、死ぬ時は骨のかけらも残さず溶けてしまいます。第1巻には改人たちからなる家族が登場しますが、この一家の特徴をお話ししましょう。
・何者かによって改人として造られた
・何らかのカルト教団に強い影響を受けている
・父親が子どもたちに身体的虐待・宗教虐待を与えている
「こっちはこっちで、悲惨と言うか何と言うか……」
そうなんです、『魔法少女イナバ』はいわば「救われていない者同士の闘い」の物語なんですよ。少なくとも現時点では。
彼らは救われないままなのか?
「兎衣と言い改人たちの一家と言い、彼らは救われないまま闘い続けるんですか?」
それは今のところ分かりません。ただ兎衣は改人たち一家の末っ子であるツクヨと、お互いに敵同士であることを知らずに出会いました。先ほど少し触れた、自宅に引き取った被虐待児とはこのツクヨです。この出会いが、もしかすると兎衣にとって大きな転機になるかもしれません。
「ツクヨが『つながり合う他者』になるかもしれないということですか?」
そうです。とりわけツクヨの場合、兎衣よりはるかに年少ということの意味が大きい。
・タイガーマスクにとっての孤児たち
・レオにとってのトオル少年
・V3にとっての少年仮面ライダー隊
のように、「幼く・小さく・守るべきもの」という存在は「つながり合う他者」の中でも特に大きな力を持つことがあります。それゆえにツクヨとの出会いは、兎衣に大きな好影響を与える潜在的な可能性を持っていると思います。もちろんツクヨ自身にとっても。
ただ、
・まだどちらも気づいてないものの兎衣はツクヨの家族を殺した張本人でもある。
・改人たちが何らかの救いを得る可能性が、今のところ示されていない。
これらを考慮すると、あまり楽観的に考えることはできない問題だと思います。とは言え、兎衣や改人たちにわずかでも救いがあるならば、このハードな物語は読む者の傷に寄り添ってくれる作品になるかもしれません。「どれだけ深く傷ついても、あなたは幸せになっていいんだよ」という意味で。
なにわt4eの感想
「なにわt4eさんはこの作品を読んでどう思われましたか?」
非常にハードな作品だと感じました。兎衣のあり方はメサイア・コンプレックス(※)だとしてもかなり極端だと思います。事実、1回目の戦闘で熊改人・ユウヒ、つまりツクヨの姉ですが、彼女を殺害した後で兎衣はこう独白しています。
腕の痛みがなんだろう 「私」にやっと意味が生まれたんだ この奇跡に比べたら 何もかも取るに足らない(第2話「怪人の影を追え!」)
「兎衣が、自分をいかに空虚な存在だと思っているかがうかがわれますね」
同感です。逆に言えば児童虐待が与える傷はそれだけ深いものになりかねない、ということでしょう。ちなみに兎衣は自宅で『魔法少女イナバ』を鑑賞することとトレーニングすることを日課としてますが、どういう訳かこの時は必ず全裸になっています。
「何でまた!?」
何ででしょうね、骨の髄までイナバが染み付いているという表現でしょうか? この意味も後々明らかにされるかもしれません。
またTVアニメ『魔法少女イナバ』の主人公・大場幸兎(おおばこうと)は、怪物に初めて遭遇した時「魔法の力があったから立ち向かったのではなく 立ち向かったから魔法の力を得たということ 勝算などなく彼女は立ち上がった」(第2話「怪人の影を追え!」)とされています。大場はわりと穏健な人物のようですが、兎衣は彼女の行動をかなり先鋭化させてしまってますね。
私が今後最も気になるのは、やはり兎衣とツクヨの今後です。この出会いが彼らにとって、小さくとも確かな救いのカギになるのか、さらに深い闇へ落ちてしまうのか。楽観視はできませんが、できれば前者であってほしいです。
兎衣の狂気を主軸とする作品ではありますが、私としてはそこだけに注目して読むことはしたくありません。むしろ「一度壊れた人間は幸せになれるのか、誰かの光になれるのか」という観点で読んでみたいと思っています。
※……自分の傷や不幸から目をそらし、その反動で強引に他者を救おうとする心理。
『魔法少女イナバ』をさらに深く味わいたい方へ
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『悪霊』(ドストエフスキー)
「危険すぎて目が離せない」という意味で本作の主人公スタヴローギンは兎衣とよく似ています。頭脳明晰・怪力無双・実家金持ち・ついでにイケメンと、どこから見てもハイスペックなスタヴローギンですが彼には人間らしさというものが一切なく、それゆえに自分も周囲も破滅へと導きます。
『邪宗門』(高橋和巳)
本作に登場する千葉潔も「危険すぎて目が離せない」主人公です。幼少期にすさまじい貧困を経験した千葉は、長じて新興宗教団体「ひのもと救霊会」の三代目教主に就任しますが、彼は自分を含めたいかなる人間も、いかなる理想も信じることができない人間になっていました。もともと穏健な宗教団体だったひのもと救霊会は、彼の指導の下テロリズムに傾倒し……。
ヨブ記(旧約聖書)
改人たちの一家が影響を受けているカルト教団はキリスト教を土台にしているらしく、一家の父親のセリフやナレーションに旧約聖書のヨブ記から引用されたフレーズが見られます。ヨブ記とは、ものすごくおおざっぱに言えばこんな物語です。
・昔々あるところに、とっても正しくて家庭にも財産にも恵まれた男、ヨブがいました。
・ヨブは神様を心から信じておりました。
・あるとき悪魔が神様に「あのヨブだって、めちゃくちゃひどい目にあえばあなたを信じなくなりますぜ。試してみようかと思うんですが、いかがですかね?」と言いました。
・神様は「上等じゃ、やってみぃ」と悪魔にタンカを切りました。
・悪魔はヨブを病気にはするわ子どもたちも全滅させるわ、いろんなひどい目に合わせました。
・どうなるヨブ?
長いうえに話が二転三転するので、読むのは正直なところ骨が折れます。聖書の解説書や解説動画をご覧になるのをおすすめします。
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