『変身』(フランツ・カフカ)読み方は 読者次第で 自由自在!

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(架空の人物・美濃達夫さんから本書について尋ねられた、という想定で書いております)

 先日はご連絡ありがとうございました。さて、カフカ『変身』についてお尋ねでしたね。海外文学好きなら読んだことはなくても一度は聞いたことがある作品です。変身と言っても、主人公グレゴール・ザムザはヒーローに変身するわけではありません。グレゴールが変身するのは馬鹿でかい、正体不明の、気持ち悪い虫です。

目次

「あらすじを教えてください」

 両親と妹の生活を支える平凡なセールスパーソン、グレゴールはある朝目が覚めてみると馬鹿でかい虫に変身してました。当然働けるはずもなく、今度はグレゴールが家族のやっかいに。両親と妹は勤め始め、グレゴールの世話は妹がするようになりました。疲れ切り、やがてグレゴールをうとんじ始める家族。家族は女中と下宿人を招き入れます。女中は家事を任せるために、下宿人は家計の足しに。ある夜、妹は趣味のヴァイオリンを弾き始めました。下宿人たちはぜひ目の前で弾いてくれと頼み、妹は下宿人たちにヴァイオリンを披露します。それを自室に閉じ込められっぱなしのグレゴールが聞きつけて…

「グレゴールはなぜ虫になったんですか?」

 それが全く分からないんですよ。グレゴールが虫に変身した原因についてカフカは一言も触れてません。虫になった原因とかいきさつとか、書きそうなものなんですが。

 ただ、そうすると作品の読み方はどうしてもそれに縛られてしまいますよね。病気が原因なら「グレゴールはどうしてその病気になったのか? 病気が意味するものは何なのか?治療することはできなかったのか?」、グレゴールに何かの変身願望があって、それが高じて本当に変身したのなら「グレゴールはどうして変身したかったのか? 変身することでどうなろうとしたのか? 同じような願望を持つほかの人はどうして変身しなくてグレゴールだけが変身したのか?」という風に。

  仮に美濃さんが公園へ遊びに行ったとして、その公園に巨大なすべり台があったらどうしてもそればかりで遊びたくなりませんか? 何にもない、トイレとベンチと原っぱだけの公園だったらどうでしょう。野球もサッカーもウォーキングもできる。ジム通いが趣味の美濃さんなら工夫次第でちょっとした筋トレもできそうですね。ベンチでひなたぼっこという手もある。いくらでも楽しみ方を考えつきませんか? 

 私の思うに、カフカ『変身』は何もない公園に似ています。グレゴールが変身した理由をカフカが全く書かなかったからこそ、自由な読み方ができる作品として『変身』は今なお楽しく読み継がれているのでしょう。

「どう読んだらいいんですか、こんな変な話」

 そう思いますよね、確かに変な話ですから。非常にポピュラーな解釈として「作者カフカとその父親の関係がテーマ」という読み方があります。中盤以降グレゴールの父親は「息子に対して厳格で支配的な父親」として描かれますが、カフカの父親もそんな人物だったとか。短編の代表作『判決』でも息子に自殺を命じる父親が登場しており、父親との関係はカフカには重要なテーマだったようです。

 「孤立、不安定な立場がテーマ」という解釈もあります。虫に変身して、家族のようなそうでないような立場に立ってしまったグレゴールの姿は、ユダヤ人だったカフカの不安定な立場そのものだと考えることもできるでしょう。

 「中途障害者とその家族の関係として読むこともできる」と言う人もいます。カフカがそういうつもりで書いたかどうかは分かりませんが、虫を「事故の後遺症で障害者になった人」とイメージすると、グレゴールと家族の関係は中途障害者と家族の関係そっくりだという解釈です。

 私は『変身』を以下の三通りに読みました。

  • 甘え(依存)の物語:
    もともとは家族がグレゴールに、経済的にも精神的にも依存していた。変身をきっかけに仕事も身の回りのこともできなくなって、今度はグレゴールが家族に依存し始める。この関係は長続きするか?
  • ドタバタコメディ:
    虫に変身したグレゴールが初めて家族や上司の前に現れる場面、妹の奏でるヴァイオリンにひかれてのこのこ下宿人の前に這い出てくる場面はまるでドリフのコント。(「志村、後ろ後ろー!」というあれですね)
  • 危機を乗り越える家族の物語:
    「家族が虫に変身する」「大黒柱を失う」という大きな危機。家族は勤めに出て、女中を雇い入れ、下宿人を置いてこの危機を乗り越えようと試みる。彼らは危機を乗り越えることができるか?

    百人が読めば百通りの読み方ができる、それが『変身』のおもしろさだと思います。

「カフカは『変身』で何が言いたかったんですか?」

 先に申し上げたような具合で、一概に「これがカフカの言いたかったことだ」とは言いにくいです。そもそもカフカにそんなもんがあったのか、それすら分かりません。カフカは「みんな『変身』をどう読むだろう?」ということに興味があったのかもしれませんね。

まとめ

 『変身』は読者の読み方次第で様々な姿に変身する、世にもまれな楽しさを持った小説です。このブログをお読みのあなたが『変身』を読んだら、どんな読み方になるでしょう?  文庫だけでも新潮文庫の高橋義孝訳など5種類かそれ以上の翻訳が出ていて、大きな書店なら大抵は置いてます。長くもなく難解でもなく、大変読みやすいと思います。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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