先にまとめから
「人を殴る」ことに取り憑かれた(そしてそこ以外はいたってありふれた)少女・黒石希歩は女子格闘技のレジェンド・REINAの肝煎りで、それぞれにバックボーンを持つ強豪格闘家たちの中に身を置きます。当然それを面白からず思う者もいて、その一人・小林愛理と希歩は急遽戦うことに。愛理の背負うものとは? 希歩の決意とは? 対愛理戦の後、希歩がらぶにたいして放ったビックリの一手とは?
品切れ店が続出した大人気作『はっちぽっちぱんち』第2巻の魅力を、全力でお伝えします! 興味を感じられましたらぜひ本書をお読みください!
※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
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美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
美濃さん、少しやせられましたか?
「いえ、体重は変わってませんが」
そうですか? 前にも増して引き締まって見えますよ。
「ありがとうございます、ボクササイズのおかげでしょうか。最近はマススパーリング(※)がおもしろくて、少しのめり込み気味です。あくまでスタジオレッスンの一つですので、本式のスパーリングはありませんけどね」
楽しそうですね。
「そう言えば先日ご紹介いただいた『はっちぽっちぱんち』の1巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)は読んだんですが、2巻がどこの本屋さんにもないんですよ」
私も探したんですが、品切れだと言われました。それだけ人気があるんでしょうね。幸いネット通販で手に入りました。
「どうでしたか?」
もちろん、とても読み応えがありましたよ。まずはあらすじからお話ししましょうか?
「お願いします!」
※マススパーリング…当てずに、あるいはごく軽く当てるにとどめて行う、試合に近い形式の練習。主に技術の研究やフォームの確認を目的とする。
あらすじ
RMAWS(※)の出場選手を選抜する合宿に、打撃系格闘技のバックボーンを一切持たず、ただ「人を殴りたい」狂気をREINAに見出されて飛び込んだ黒石希歩。格闘技の世界で生きるとはどういうことかも知らない素人が飛び込んできやがって、と苛立つ小林愛理は希歩との試合を組ませます。その試合後、出場者選抜の正式なランキング戦が始まり、まず希歩とらぶが戦うことになりました。歴戦のムエタイ戦士であるらぶはREINAもかつて膝をついたキックで希歩を翻弄。そこで希歩は、セコンドの八鍬レミすら想像しなかった驚きの一手を繰り出します…。
※RMAWS…レディース・マーシャル・アーツ・ワールド・シリーズの略。女子選手による立ち技系格闘技の、架空の世界大会。優勝賞金は一億円。なお「レディース」なのに「R」であるのは、主催者REINAのRをとっているため。(それはどうかと思うけど…)
愛理はなぜRMAWSに?
「確か第1巻のご紹介で、小林愛理は何か重い背景があるようだとおっしゃってましたね?」
はい、それがこの第2巻で明らかにされます。彼女の実家は閉業した空手道場らしく、兄とともに道場の復活を誓っていました。兄はキックボクシングでも活躍していたのですが負傷して戦うことができなくなります。
「愛理が背負っていたのは、兄の無念と道場の復活だった?」
そうです。だからよけい希歩に苛立っていたんだと思います。しかし希歩と戦った後、愛理はRMAWSの出場者選抜合宿から身を引きます。
「それはまたどうして?」
愛理はREINAにこう語ります。
ウチの戦う理由と アンタのやろうとしてることは正反対や 悪いけどついていかれへん(第11話「一つの終わり」)
言わば愛理が「建設」を目指しているのに対してREINAは「破壊」を目指している、そんなところに身を置いてはいられないということでしょう。事実REINAはRMAWSを「女子格闘技を壊すためのシナリオだ」(第5話「RMAWS」)と呼んでいます。
なお理由は不明ですが、愛理が大阪弁で話すのに対し兄は標準語です。愛理は「関西女王」の異名を持っており設定でも大阪府出身、しかも二人称単数で「ジブン」(※)という言葉を使っているので根っからの大阪弁ユーザーであることは確実です。兄が標準語である理由は謎ですね。
※ジブン…大阪弁の「自分」には「きみ」「お前」「あんた」というニュアンスで呼びかける用法がある。作中でカタカナ表記されているのは、「私」「その人自身」を意味する標準語の「自分」と区別するためと考えられる。
希歩の葛藤と決意
「そう言えば希歩は女子高生ということでしたね」
ええ。
「そんな彼女が格闘家の集まる合宿に参加することに、家族はOKを出したんですか?」
やっぱりそこは気になりますよね。希歩は母親と二人暮らしで、その母親は足が悪く希歩が介護していました。
「いわゆるヤングケアラーですか」
そうです。そのため希歩は格闘技の世界に身を置きたいと願いながらも迷っており、母親はそんな彼女の想いにうすうす気付き見守っている様子です。今のところ多くは語っていませんが。
お母さんは足が悪くてわたしがいないとお風呂に入れない トイレも…買い物だって… すっごく大変で…… わたしがいないと生活ができない…!! なのに… それでも…… 行きたいって思ってるっ…!! お母さんを置いてでも…あの場所で生きたい!!(第13話「優しい子」)
「で、希歩は?」
REINAが後輩の格闘家兼介護士・阪東橋を希歩の母親に派遣すると約束しました。それを聞いて希歩は格闘家になる決意を固めます。ちなみにREINAによると「介護士は髪型やシフトが自由だからな 格闘家の副業に意外と多い」そうです。(同上)
「…もしかすると、介護の勉強は格闘技にも役立つのかもしれませんね」
どういうことですか?
「介護福祉士って人体の構造を学ぶでしょう? その知識は介護だけでなく格闘技にも活かせそうな気がしたんです」
あ、なるほど! よくは分かりませんが、そういう面もあるのかもしれませんね。さすが美濃さん、いつもながら鋭いご着眼です。
希歩 ビックリの一手!
で、改めて格闘家になる決意を固めた希歩はらぶとの試合に臨みます。合宿メンバーからRMAWSの出場選手1人を選ぶためのランキング戦ですね。
「らぶは確か元ムエタイ戦士でしたね」
ええ。貧しい中で生き抜くために9歳からリングに立っている、筋金入りのムエタイ戦士です。
「そんならぶ相手に希歩はどう戦うんですか?」
ローキック対策としてカット(※)は仕込まれるものの、しょせん付け焼刃。希歩は一向に攻め入ることができません。とは言え希歩はセコンドについたレミから「左足をあえてローキックの犠牲にしつつ前進し、渾身のパンチを入れる」奥の手を授けられていました。長年鍛えたわけではない希歩のすねは長くもたないと判断してレミは1ラウンド目のうちにこれを指示し、希歩も従います。しかし希歩は本能的に「このローキックを受けたら動けない、殴れない」と判断しました。
このキックを貰ったら きっと立てない 殴れない (中略)いやだいやだ!! ここまで我慢したんだ!! 殴る!! 殴る!! 殴る!! 絶対殴るんだ!!(第15話「天才ムエタイ少女」)
「そして希歩は?」
そこは第3巻をお待ちください。
「そんな、一番気になるところじゃないですか!?」
ははは、まさにおっしゃる通りなんですがここで第2巻は終わってるんですよ。正確に言いますとここで希歩が放った一手は描かれてますが、それが決まったかどうかは第3巻に持ち越されてるんです。この一手を説明するとネタバレになっちゃいますし。
「それでは仕方ないですね…それはともかく、希歩の『人を殴る』ことに対する執念は並大抵のものではありませんね。瞬時にそれだけの判断をさせるとは」
私もそれを感じました。
※カット…太ももに対するローキックを、足を上げてひざで防御するテクニック。
希歩の人物造形
試合以外にも第2巻には興味深い点があります。
「それは何ですか?」
希歩の人物造形です。学校の昼休みにクラスメイトとお弁当を食べながら彼女は第1巻のスパーリングを振り返って、どうすればもっと殴れたのか・どうすれば殴るチャンスを作れたのかと考えています。
「…狂気だけでなく、論理的に試合を分析する力もある?」
ええ、恐らくですが。そこは柔道経験のなせるわざだと思います。今でこそ素人ですが、希歩はしっかり育てればかなりのレヴェルに達するんじゃないでしょうか。第1巻の時もお話ししましたが希歩は潜在的に打撃の才能があるかもしれません。
「と、おっしゃいますと?」
このお弁当の場面で自分にセクハラをはたらくクラスメイトに顔面パンチの見事な寸止め(※)を決めるんです。しかも無意識に。止まっているものならまだしも動いているものに寸止めをきれいに決めるのは容易なことではありませんよ。
ただ、気になる点はいくつかあります。
「どんなことですか?」
一つ目は、いくら頭を殴られても気にしないあのファイトスタイルではパンチドランカー(※)や網膜剥離(※)一直線ではないかという懸念です。そこは周りがもっと教える必要があると思うんですが…。
二つ目ですが、希歩は試合中のパンチがほとんど全てテレフォンパンチ(※)なんです。果たして基礎の手ほどきをきちんと受けているのかどうかが気になります。
※寸止め…突きや蹴りを、当てる寸前で止めること。他の意味で用いられることもありますが、そちらはご自分でお調べください。
※パンチドランカー…頭に衝撃を受けすぎたことによる脳の疾患、またはその患者。症状には鬱・怒りっぽいなど精神面のもの、手が震える・バランス感覚が狂うなど肉体面のものがある。
※網膜剝離…網膜がはがれてものが正常に見えなくなること。
※テレフォンパンチ…拳をいったん大きく引いてから打つパンチ。電話で話す仕草に似ていること、「これからパンチを打ちますよ」と相手に電話で知らせるような見え見えのパンチであることからこう呼ばれる。
感想
「なにわt4eさんのご感想を教えてください」
私にとって一番印象深いのは、合宿を降りた愛理を見送るレミの表情です。始めは「後悔しないのか?」と言わんばかりでしたが、次第に愛理を案じ、最後には去る者を追わない覚悟を決めたような表情で愛理の背中を見つめています。 またレミは面倒見のいい一面もあるようで、試合で頭を散々殴られた後の希歩が湯船に入っているのを見ると
「試合後に湯船浸かるなんて何考えてんだバカ!!」(第12話「湯けむりとピリッ」)
と一喝しています。少なからず脳にダメージを受けた状態で血行を良くすると最悪の場合脳内出血で死ぬから、という理由です。
「レミって確か第1巻で希歩のスパーリング相手に指名されて怒ってませんでしたか?」
ええ。
「そんな相手に忠告してやるわセコンドを務めるわ、面倒見がいいと言うかツンデレと言うか」
ははは、ちょっとした姉御肌かもしれませんね。さらに言うと、第2巻全体を通して各人物の想いがさらに深く掘り下げられていると感じました。希歩と言い愛理と言いレミと言い、少ししか登場しませんが希歩の母親と言い、彼女らの想いは格闘技を題材にしているからこそ描けるものかもしれません。
実は今、これとは別に読んでる本がありましてね。そっちも大変おもしろいんですよ。
「何という本ですか?」
アン・ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』です。
「刑務所の読書会ですか? おもしろそうですね、ぜひご紹介ください」
もちろん! 次にお会いするときにお話ししますよ。
「楽しみにしています」
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