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先にまとめから
芸術至上主義とか退廃的とかスキャンダラスなイメージがついて回りがちな作品ですが、それで食わず嫌いするとしたらあまりにもったいない! 悪夢のようなファンタジーであり、刺激的な風刺小説であり、スリル満点のサスペンス小説でもあり、皮肉に満ちた逆・教養小説(※)でもあるという、奥が深くてエキサイティングな大名作。それが本作『ドリアン・グレイの肖像』なのです! 文体は少しくどいかもしれませんが、とにかく面白い小説を読みたい方には無条件でおススメします。
ちなみに本作は何度も映画や舞台になっています。日本では大天才・宮武和広を擁するプログレッシブロックバンド、ページェントが本作を題材として1989年に「グレイの肖像」を制作しました。鳥肌ものの名曲ですので、ぜひご一聴ください。
※教養小説…主人公が様々な人生経験を経て成長する様子を描く小説。『ドリアン・グレイの肖像』は主人公ドリアンが悪い方向にどんどん成長していくので、逆・教養小説というわけです。
美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、少し古いネットジョークで『ただしイケメンに限る』っていうのがありましたね」
ははは、ありましたありました。もはや懐かしいくらいですね。
「古いネット記事を読んでて、ひさしぶりにこの言葉を読みました。でも、負け惜しみではありませんがイケメンだから得をするとも限りませんよね」
それはそうですよ。だからこそ「ただしイケメンに限る」がジョークになるわけですし。そう言えば、イケメンがイケメンゆえに破滅する、なんていう名作もありますね。別に作者がイケメンに恨みがあったわけじゃないでしょうけど。
「何ですかそれ!?」
オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』です。
「どんな話ですか?」
絶世のイケ…いや美男子ドリアン・グレイの肖像画を完成させた画家バジルはヘンリー卿(ハリー)をドリアンに引き合わせます。この時ヘンリー卿の快楽主義・芸術至上主義とバジルが描いた自分の肖像画に魅せられたドリアンは「年老いて醜くなるのが肖像画の方で、自分はいつまでも若く美しいままでいられたら!」と願いました。ドリアンは無名の女優シビル・ヴェインの舞台を観て才気ほとばしる演技に感動し、彼女と恋仲になります。バジルとヘンリー卿を伴って再び彼女の舞台を観に行きますが、恋にうつつを抜かした彼女の演技は見られたものではなくなっていました。ドリアンはシビルを手ひどく振り、ショックでシビルは自殺します。ヘンリー卿からそのことを知らされ激しく動揺するドリアン。肖像画を見ると、何とも言えない残忍な笑みを浮かべていました。これ以降ドリアンは怪しげな楽しみにふけるようになります。そんなドリアンに、心を入れ替えて真人間に戻れと忠告するバジル。しかしドリアンはバジルの忠告を無視し、ある依頼のため古い友人アランに連絡を取ります。さらに放蕩を重ねるドリアン、醜悪さを増す肖像画。シビルの弟ジェイムズは偶然ドリアンの所在を突き止め、ドリアンをつけ狙います。ジェイムズの復讐の行方は? 正視に堪えぬほど醜く成り果てた肖像画と対峙したドリアンは?
「読みどころが多そうですね」
おっしゃる通りです。『ドリアン・グレイの肖像』の魅力をおおざっぱにご紹介するとこんな感じですね。
芸術至上主義と厳格なモラルの息詰まる決闘
皮肉・名言てんこ盛り
ぶっ飛んだアイデア
ロンドン暗黒部の描写
サスペンス性
それぞれについてお話ししましょう。
芸術至上主義と厳格なモラルの息詰まる決闘
すべて芸術はまったく無用である。(P.8、新潮文庫、以下同じ)
序文からこんなことを言うだけあって本作は「美しければ何でもよいのだ、実用や人格形成の役に立つ必要など全くない」という芸術至上主義の代名詞的に扱われがちです。しかし読み進めると分かりますが、本作は「運命は罪を容赦なく裁く」という厳格なモラルを説いた作品でもあります。
「どういうことですか?」
堕落を深めるドリアンにバジルが真人間に戻れと説く場面では、ドリアンと親しくしてきた人物ほど落ちぶれたり信用を失ったりしていることをバジルが責めます。これは本人が堕落すること以上に重い罪かもしれません。そして結末近く、己の罪を悔いるドリアンはこうつぶやきます。
「われらの罪を赦し給え」の代わりに、「罪ゆえにわれを打ち給え」という言葉こそ、もっとも正しい神にたいする人間の祈りであるべきだ。(P.313~314)
「神様に『罪を犯した自分を罰してください』ですか。確かに厳格ですね…」
そう思うでしょう。新潮文庫の解説では佐伯彰一氏が「一見、純粋な審美派の説の中に、意外に根深く倫理性、宗教性が喰い込んでいる場合が多いのだ」(P.325)と述べていますが、『ドリアン・グレイの肖像』はその格好の見本です。見るからに説教臭い作品ではなく、むしろ見かけがその反対であるからこそ強烈にその厳格なモラルが胸に突き刺さるんですよ。
皮肉・名言てんこ盛り
これはもう例を見ていただくに限ります。お断りしておきますが、こんなのはほんの一例ですからね?
近頃の人間ときたら、ものの値段はなんでも知っているが、ものの値打ちはなにも知らないときている。(P.73)
ひとはおのれのあやまちを経験と呼んでいるにすぎない。(P.91)
ハリーはいつかこんなことを言った──瞬間的に素人牧師となろうとする人間は、かならず、まず説教などするつもりはないがと言ってから、前言をひるがえして説教を始めるとね。だが、ぼくはきみに説教したいのだ。(P.221、ふりがなは原文のまま、以下同じ)
「ずいぶん辛辣ですが、お聞きしながら笑ってしまいました」
ぶっ飛んだアイデア
「『肖像画の方が年を取って自分は若いまま』というアイデアもすごいですね。ある意味で不老不死ではないですか?」
そうなんです。現代のファンタジー作家も真っ青ですよ。自分が作った彫刻の女性を本気で愛したピグマリオンの神話は有名ですが、ドリアンも一種のピグマリオンかもしれませんね。神話のピグマリオンは彫刻が本物の女性になってめでたしめでたしでしたが、ドリアンの方は果たして…?
ロンドン暗黒部の描写
「ロンドン暗黒部、というのはどういうことですか?」
物語の後半でドリアンは阿片窟や場末の安酒場に出入りしたりするんです。ここの描写が本当に不穏で、自分がどこかの裏通りに迷い込んだような錯覚さえ起こしてしまいます。例えば阿片窟を訪ねたドリアンが、一足先にラリっている友人のアドリアンを見つけた場面。
「これがあるかぎり、友達なんか要るもんか。おれには友達が多すぎたんだ」(中略)かれは知っていたのだ──かれらがいかなる不思議な天国で苦しみ、また、いかなる退屈な地獄がかれらに新しい歓喜の秘密を教えているかを(P.269)
「…何と言うか、描き方は抽象的なのに妙にリアリティがあって、背筋がぞっとしますね」
私もここを読むたびに腹の底が冷えるような恐怖を感じます。
サスペンス性
「弟ジェイムズの復讐とおっしゃってましたね?」
ええ。ジェイムズは姉を自殺に追いやったドリアンへの復讐に燃えつつも、長年ドリアンの足取りがつかめずにいました。しかしある偶然でドリアンへの接近に成功します。ごく短いエピソードなんですが、これだけでみごとに1級のサスペンス小説ですよ。他にもバジルやアランとのやりとりもサスペンスに満ちていて、まさしく手に汗を握ります。
「これだけの作品なら発表当時はかなりの話題になったのでは?」
話題にはなったようです。ただし悪い方にも。
「どういうことですか?」
岩波文庫版の訳者である富士川義之氏によると、同性愛を思わせる描写や不道徳な描写があると多方面から非難を浴びたんです。そもそも原稿を受け取った時点でこれを見越した編集者がワイルドに無断で修正を施してから雑誌に載せたようですが、それでもそのありさま。ワイルドは非難に応じて、また作品への不満点を書き直す意味もあって加筆修正しました。そちらが今一般的に読まれている版です。ただ、ワイルドもおとなしく引き下がったわけではなくかなり猛烈に反論したようではありますが。(岩波文庫版、P.478~479)
「不道徳はともかく、同性愛を思わせる描写が非難されたんですか?」
19世紀の事ですからね。当時のイギリスで同性愛は法的に犯罪でしたから。
「なにわt4eさんとしてはこの作品をどう思われますか?」
これまで3種類の翻訳で5回読みましたがいつ読んでもものすごい迫力で、飽きることがありません。私にとって本作の主な魅力はやはり「ぶっ飛んだアイデア」「芸術至上主義と厳格なモラルの息詰まる決闘」の2点ですが、それらにとどまらない魅力をいくつも備えた奥の深い大名作です。ついでに言いますと、
かたくなに悪にのみ傾き、穢れた心と反逆にこがれる魂とを抱いて(P.272)
という記述はドストエフスキー『悪霊』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)の主人公ニコライ・スタヴローギンみたいで興味深かったです。ワイルドがドストエフスキーに影響を受けているかどうかは不明ですが。
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