『拳奴死闘伝セスタス』第5巻(技来静也)六者六様の「闘う理由」

目次

先にまとめから

 ある者は信念のために、ある者は懲罰として、ある者は再出発のために…様々な理由で拳闘士が集うコンコルディア闘技祭・拳闘部門。『拳奴死闘伝セスタス』第5巻で拳を交えるは「旅警(りょけい)」クロイソスと「破壊者」ギデオン、「傭兵」ユヴァと「拳聖」ソロン、「狩人」ムタンガと「野獣」アブデロス。十人十色の勝負哲学が、この第5巻でも激突します!

※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。


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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、先日ニュースで振り込め詐欺が取り上げられてましたが、なかなかなくならないものですね」

 そうですね。あくまで私個人の印象で、ちゃんとデータを見たわけではないんですが、コロナ問題以降特によく聞くような気がします。

「そうかもしれませんね。これも私個人の印象ですが、昔は凶悪犯罪が多くて今は知能犯が多い、というイメージがあります」

 ある犯罪者が「人殺しは割に合わない」と言ってのけたそうですが、仮に美濃さんのおっしゃる通りだとすればその犯罪者の言葉は真理なのかもしれませんね。まあ、割に合おうと合うまいと、悪いことはすべきじゃありませんが。

「そう言えば『拳奴死闘伝セスタス』にも凶悪犯罪者が出て来るとおっしゃってましたね?」

 ええ、人呼んで「赤髭(ひげ)のアブデロス」。超健全な肉体に超不健全な精神が宿った人物です。ちょうど5巻に登場するので、お話ししましょうか?

「お願いします」

第5巻のあらすじと見どころ

 第5巻の主な内容は以下の通りです。

・クロイソス対ギデオン戦:鉄血の破壊者
・ユヴァ対ソロン戦:拳聖の勝負哲学
・ムタンガ対アブデロス戦:「悪」はどこから来るのか?  

 ムタンガ対アブデロス戦ですが、この巻では試合直前の選手紹介までです。試合内容については第6巻のご紹介を楽しみになさってください。

クロイソス対ギデオン戦:鉄血の破壊者

 ここはギデオンの粗削りなファイトスタイルが見ものですよ。まずクロイソスですが、彼は「旅警」を自称しています。

「旅警?」

これは彼自身の造語で、隊商の用心棒のことです。クロイソスの言うにはお世辞にも割のいい仕事ではなく、深手を負って置き去りにされかけた経験から大金をつかんで人を使う側として再出発したいという理由で闘技祭に参加しました。

「けっこうリアリスティックな動機で参加したんですね」  

 そうですね。元傭兵だけあって腕には覚えがあり、大会委員のインタヴューで自信のほどを尋ねられるとこう答えています。

弓矢が尽きたら剣で──剣が折れたらこいつを使って生き延びてきた男だぜ 俺は 自信も無くこんな所に 誰が来るもんかよ!!(第2章 第29話「浪人戦士」、ふりがなは原文のまま、以下同じ)

 事実クロイソスは顔や体にけっこうな傷跡があり、戦歴の豊富さがうかがい知れます。ちなみに長髪のイケメンです。一方のギデオンですが、この第5巻では参加理由は判然としません。ただ、何かしらユダヤ民族の独立に関係する理由らしいことは暗示されてます。

「試合はどんな風に進んだんですか?」

 開始直後にギデオンが一発ぶっぱなしたもののクロイソスはきれいにかわします。その後はクロイソスの猛攻をギデオンが防ぐ試合運びでしたが、一回の相打ちで流れが変わりました。ギデオンは技術的に未熟ながら、その弱点を補って余りある強打の持ち主だったのです。人呼んで「鉄血の破壊者」。

真一文字に踏み込み 敵の正中を防御ごと射貫・・する 単純かつ強引を極めた力技…(同上)

 要するにガード越しでも相手をぶっ倒せる右ストレート、これがギデオンの切り札でした。ただ、この右ストレートを受けてもなお立ち上がるクロイソスには感銘を受けました。

ユヴァ対ソロン戦:拳聖の勝負哲学

 ユヴァも元傭兵でした。彼はカビリアという女性にプロポーズを繰り返しますが、まったくの脈なしではないものの首を縦には振ってもらえません。ユヴァは何とかプロポーズを成功させるべく、恐らく賞金で新居を構える考えで参戦しました。

「対するソロンとはどんな人物ですか?」

 「勝ち組中の勝ち組」です。拳闘士としては当時の四大大会をすべて制覇、本業の教師としても尊敬を勝ち得ており、優しい妻とかわいい子ども二人に恵まれ、財産に至っては使い切れないほど。

「そんなソロンがどうしてまた闘技祭に?」

 大会委員にそれを尋ねられてソロンはこう答えます。

自発的に試練に挑むという意味では 「登山」によく似ています (中略) どこまで技を磨けるのか… どこまで強くなれるのか… 「登山」は完了してないから 私は今ここにいる(第2章 第34話「終わらない登山」)

「拳闘士としてのあくなき挑戦心、でしょうか」

 そう考えていいでしょう。驚異的なスピードでもなく一撃必殺の破壊力でもなく、「適正な機を捉え 適正な角度を与えた双拳で 急所を撃つだけ」(第2章 第33話「拳者の方程式」)という基本を極めたファイトスタイルで一方的にユヴァを翻弄しました。またソロンはスポーツマンシップが服を着て歩いているような人物でもあり、試合後にユヴァの健闘をたたえています。

ムタンガ対アブデロス戦:「悪」はどこから来るのか?

 対照的な二人の対戦という意味で、ムタンガ対アブデロス戦は本大会随一かもしれません。

「と、おっしゃいますと?」

 冷徹な狩人ムタンガ、対するに凶悪な野獣アブデロスという意味です。もっとも我流という点は共通してますが。商人ゾルバはアフリカでムタンガに出会い、我流ながら拳闘の極めて高い実力を持つ彼にほれ込みました。当初ムタンガは金や拳闘に興味を示しませんでしたが、一年がかりで口説き落とします。

「何か説得の決め手があったんですか?」

村唯一の井戸が枯れて彼を含め村人全員が困ってたんです。そこへゾルバが闘技祭の優勝賞金で井戸掘り職人を雇えると持ち掛けたところ、出場を決意しました。

「拳闘そのものには無関心だった?」

 ええ、井戸のために参戦したもののかなり冷ややかに見ています。こんな風に。

これほどの人間達が 格闘試合を観るために集まるとは 白い肌の「文明人」とやらは よほど争い事が好きらしい 騒がしさに惑わされるな 獲物に集中しろ(第2章 第37話「狩人と野獣」)

「対するアブデロスは凶悪な野獣、ということですが」

 彼の母親は戦時におけるレイプ被害でアブデロスを身ごもりました。その生い立ちからして悲劇ですが、度重なる里親の交代や本人の粗暴で好戦的な性格、並外れた生命力と強靭な肉体など様々な要因が絡み合って「被害者製造工場」とでも呼ぶべき人物になりました。強盗・強姦・詐欺などなど、およそ悪事のたぐいはほとんどやっているのではないでしょうか。

「そんな彼が、どうして闘技祭に? そんな目立つ舞台に出たらそれこそ捕まるでしょうに」

 懲罰としての出場です。アブデロスは一万件を超える罪を犯した末に捕まり絞首刑を言い渡されましたが、二度執行して二度生還。当然、市民は黙っていません。困り果てた総督は「血の一滴に至るまで換金し 被害者への謝罪一徹に殉ずるべし」(第2章 第36話「怪物を育てた不幸と強運」)と宣告したのです。

「死ぬまで闘って賞金で賠償しろ、ということですか?」

 その通り。試合は第6巻で描かれますので、そちらを楽しみになさってください。

感想

「なにわt4eさんは『拳奴死闘伝セスタス』の第5巻をどう思われましたか?」

 印象的な場面や人物はいくらでもありますが、主なところでは

・かわいい男ユヴァ
・「悪」の起源とは?
・豪胆なデモクリトス

ですね。

かわいい男ユヴァ

 私にとってこの巻でなにより印象的なのはユヴァですね。彼はかわいいというか健気な男ですよ。

「どういうことですか?」

 惚れたカビリアに翻弄されつつも彼女のために闘うんです。彼女がユヴァのプロポーズになかなかOKしないのは殺人や略奪の上に成り立つ幸福なんてまっぴら、という理由でした。それなら、と傭兵を辞めて拳闘で身を立てると宣言するユヴァに彼女が何を言うかと思えば

結局は待ってろって話じゃないッ 今まで何聞いてたのあんた!? あたしはねぇ一緒に居てくれる人がいいのよ!
さっさと負けて
なるべく早く無傷で帰って来て(第2章 第31話「応援されぬ男」)

「けっこうボロカスですね。で、ユヴァは?」

惚れた弱みで反論も出来ねえ 俺も俺だが 負ける気で試合に立つ馬鹿が何処にいるんだよ?(同上)

とぼやきつつもカビリアのために大金を稼ぐべく試合に出るんです。そして試合には敗れたものの、カビリアとの穏やかな生活に入るであろう今後が暗示されます。

「確かに、健気な男ですね」

 でしょう? 私はこういう男、好きですね。

「悪」の起源とは?

 アブデロスの人物造形も非常に興味深いです。彼のような凶悪犯罪者はどうして生まれてしまうのか、と彼のエピソードを読むたびに考えずにいられません。

「難しいですよね。生い立ちのせいなのか、本人の生まれ持った性質なのか、成育歴のなせるわざなのか…」

 セスタスに敗れたイオタを指導したデモクリトスも、セスタスにこう述べています。

人は何故道を誤るのか… 「悪」の起源はいったいどこにあるのか? 興味深い「教材」だがねぇ 研究のいとまはなさそうだ せめて試合を観ようか(第2章 第36話「怪物を育てた不幸と強運」)

 実は私の愛読書の一つ、ブライアン・マスターズ『人はなぜ悪をなすのか』(←Amazonの紹介ページへ飛びます)がまさしくこの「悪の起源」という命題に挑んだ本なんです。

「そんな本があるんですか?」

 ええ、いつかご紹介したいですね。

「楽しみにしています。しかし、こんな遠大なテーマを扱うなんてもはや『セスタス』シリーズは古代拳闘マンガという枠なんてとっくに乗り越えちゃってませんか?」

 そうとも言えますし、なおかつ古代拳闘マンガとしても一級品なんですよね。

豪胆なデモクリトス

「ところで、デモクリトスとセスタスって直接には関係ありませんよね? セスタスがデモクリトスの孫弟子ということはお聞きしましたが。どうして二人が会ってるんですか?」

 早朝の走り込みをしていたセスタスは、目付け役のローマ兵に鎖でつながれたアブデロスが目付け役を殺して逃げようとする現場に遭遇しました。さらにそこへ散歩中のデモクリトスが出くわしたんです。実はここでのデモクリトスがふるってます。ローマ兵二人の死体を前にして眉一つ動かさず

私の散歩道に死体なんぞ転がして 爽快な朝が台無しではないか!(第2章 第35話「許されざる男」)

と言ってのけたんです。

「ずいぶん肚の据わった人物ですね、鎖でつながれているとはいえ凶悪犯罪者を前にそう言えるなんて」

 でしょう? 私もこの豪胆さには驚きました。後、この巻で描かれた試合に関して言えば私はギデオンのファイトスタイルにしびれました。

「それはまたどうして?」

 他のあらゆる欠点を一つの長所でチャラにする強引さがカッコいいんですよ。

「なるほど…分かるような気がします。セスタスの、体格面の不利をスピードや戦略で補うファイトスタイルとは対照的ですね」

 私もそう思います。ともかく、第5巻もこれ以降も目が離せませんよ!


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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