『拳奴死闘伝セスタス』第1巻(技来静也)運命を拓け! 二つの拳で!

目次

先にまとめから

 古代拳闘マンガでありながら「自由とは何か?」「誇りとは?」「生きるとは?」を読者に問いかける、なおかつ拳闘マンガとしても一級品という知る人ぞ知る名作『セスタス』シリーズ、満を持してのご紹介! 

 第1部『拳闘暗黒伝セスタス』は1997~2009年の12年間、この記事でご紹介する第2部『拳奴死闘伝セスタス』は2010~連載中(本記事の執筆時点)という長期連載にもかかわらず一切の中だるみがありません。四半世紀以上にわたって目の肥えた読者を魅了し続ける本シリーズは、ハーマン・メルヴィル『白鯨』や髙村薫『レディ・ジョーカー』(←本ブログの紹介記事へ飛びます)にも匹敵する名作です!

 本記事では『拳奴死闘伝セスタス』第1巻をご紹介いたします。第2巻以降も順次ご紹介する予定ですので、ご期待ください!

※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「あ、いててて…」

 どうされました、美濃さん?

「昨日ジムで初めてボクササイズのレッスンに出てみたんですよ」

 ああ、格闘技と言うよりエアロビクス感覚でボクシングを行なうあれですね。

「そうです。だからスパーリング(練習試合)はなくてパンチのフォームとかステップとかを練習したんですが、やっぱり筋トレとは体の使い方が違いますね。背中からわきにかけて筋肉痛になっちゃって」

 なるほど、使う筋肉や使い方が違うんでしょうね。背中はパンチ力強化に重要な部位ですし。

「なにわt4eさん、ボクシングの経験がおありなんですか?」

 いいえ、実はマンガの受け売りです。

「何というマンガですか?」

 技来静也『拳闘暗黒伝セスタス』(以下『暗黒伝』)、『拳奴死闘伝セスタス』(以下『死闘伝』)です。

作品の概要と『死闘伝』第1巻のあらすじ

「シリーズものなんですね。どんな作品ですか?」

 長期連載されている作品ですので、まず『暗黒伝』の概要からお話しします。

 舞台は皇帝ネロ時代の古代ローマ帝国、拳闘試合を見せて食いつなぐ少年拳奴セスタスは伝説的な強豪拳奴ザファルに育てられつつ拳闘を教わっていました。セスタスは奴隷の身分から脱け出し自由を勝ち取るために戦います。小柄で年少という不利はありますが、ザファルのきわめて理論的な訓練を受けつつ動体視力・フットワーク・スピードでその不利を補っています。そこにかつてザファルと死闘を繰り広げたデミトリアス、その息子でありセスタスのライヴァルであるルスカ、皇帝ネロとその母アグリッピーナなどがかかわって、『暗黒伝』は少年セスタスの成長物語であると同時に一大歴史ロマンの様相すら呈しています。

 そして第2部である本作『死闘伝』ですが、まずは第1巻からお話ししましょう。優勝者には望みのものが与えられる皇帝ネロ主催のコンコルディア闘技祭、その予選会から始まります。ザファルから課せられた鶴嘴(つるはし)の鍛錬に成果を感じつつも最終的な答えに至らないもどかしさにいら立つセスタス。しかし予選会第2戦でついに成果を確信しました。最終予選でセスタスは「赤き暴風」フェリックスと対戦。遠距離からのフックに翻弄されたセスタスは、ストレートで反撃するも右足首を痛めていました。主武器のひとつであるフットワークを負傷で封じられ、苦境に陥るセスタス。彼に勝機はあるのか?

本作の魅力

「なんだかお聞きしているだけでワクワクしますね。どんなところが魅力ですか?」

 『セスタス』シリーズの魅力はあげだすと本当にきりがありませんが、主にこんなところですね。

圧倒的な画力

 マンガですからこれは必須とも言えますが、技来氏の画力は生半可なものではありません。本当ならここで画像を引用したいところなんですが…。

「大人の事情ですね」  

 そういうことです(笑)。まあ、ご一読いただければたちどころにお分かりいただけますよ。単に絵がうまいだけじゃなくて表情の描き分けや群衆の描写も際立って巧みです。例えば『暗黒伝』11巻、大勢の拳奴が食事をする場面。ここはセリフがないんですが、飯をがっつく拳奴、給仕をする女性たち、一人一人のセリフすら聞こえてきそうです。これは想像ですが、技来氏は西洋絵画を相当研究しているのではないでしょうか。

確かな拳闘理論

「拳闘マンガは私もいくつか読んだことがあるんですが、それなりに理論的に描いた作品やら荒唐無稽な必殺技だらけの作品やらありますね」

 そうですよね。その点『セスタス』シリーズは本職のボクサーすらうなるほどの確かな拳闘理論に基づいて描かれています。

「もしかして、鶴嘴の鍛錬もそうなんですか?」

 ご明察! 詳しくは『暗黒伝』第15巻に描かれていますが、ここを読んだ時はザファルの聡明さに絶句しました。そして『死闘伝』第1巻でその種明かしというわけです。それ以外にも試合の戦略や鍛錬法などが緻密に描かれていて、説得力満点です。

人生を見据えた名セリフ

「人生を見据えた、とおっしゃいますと?」

 そっくりそのまま人生訓になるような名セリフ、ということです。ここを『セスタス』シリーズ最大の魅力と考える人も少なくありません。『死闘伝』第1巻で言えば、窮地に追い込まれたセスタスを見て彼の勝利をあきらめかけた他の弟子たちにザファルがかけた言葉。

…困難なればこそ 成し遂げる価値があるッ 何故 そう考えん!!!
諦める要素がどこにある!? 意志無き者に前途みちなど拓けようか!?(ふりがなは原文のまま)

 ザファルはただやみくもに「がんばればなんとかなる!」と言っているわけではありません。お読みいただければ分かりますが、彼は確固たる根拠に基づいた希望を常に語ります

「…お前にはこれこれがあるんだから大丈夫だ、ということですか?」

 その通り。この場面では、右足首は負傷しているがセスタスの一撃も効いている、直撃だけは回避できている、軸足も両拳も問題ない、どこに諦める理由があるんだ? という具合です。「状況は厳しい。しかしお前には〇〇がある。それを活かしてこう戦えば勝てる!」という、正確な現実認識があったうえでの希望ですね。

「本当の意味での楽観主義者なんでしょうね。ものすごく賢明な人物だと思います」

 はい、そこがザファルの凄味ですよ。他に『暗黒伝』第7巻、右利きなのに構えはサウスポーというくせ者クァルダンの言葉。

…不利な立場の裏に活路はあると思うぜ俺は… チビな男が優れた働きを示せば数倍注目されるし尊敬もされる 世の中そんなもんさ

 『死闘伝』第10巻ではザファルと並ぶ名指導者カーメスが、拳闘をあきらめかけた弟子にこう語って希望を示します。

「少し」でいいんだ 「少し」を重ねろ! 「少し」の累積が 窮地で背中を押す底力になるのだ!

 もう一つ、『死闘伝』第6巻で出場拳士ニコラウスに仕える奴隷の言葉をご紹介しましょう。

憶えておきなさい 傲慢な人間ほど惨めに転ぶのだ

「…なるほど、確かに気力を奮い起こされたりハッと気づかされたりするセリフですね」

 私にとって『セスタス』シリーズは人生の教科書でさえあるんですよ

深い人物造形

 多感でひたむきですが思いつめがちなセスタス、厳格ながら懐が深く驚異的な洞察力を持つザファル、飄々(ひょうひょう)としつつも抜け目のないフェリックスなど各人物の性格や背景を活き活きと描き分けているだけでも見事ですが、さらには内面の葛藤や成長なども深く掘り下げています

「例えば?」

 『死闘伝』第1巻の序盤で鍛錬の成果を実感しきれずいら立ち、勝ちつつも観客をにらみつけるセスタスの目はまるで飢えた狼です。ところが吹っ切れてフェリックスと闘うセスタスの目には迷いのない澄んだ迫力を感じます。ザファルも、ピリピリと張り詰めるセスタスを厳しく諭しつつも案ずるまなざしから、彼の成長を目の当たりにして喜びと安堵のまなざしでセスタスを見つめるようになります。

「描き方が深いですね」

 そうでしょう! お分かりいただけてうれしいですよ。

ユーモア

 …と、ここまでお聞きになって少し堅苦しい作品という印象がありませんか?

「ええ、正直に言えば」

 確かに緊張感に満ちた作品ですが、ところどころ緊張を緩和するユーモアも盛り込まれています。例えば『死闘伝』第1巻、ふっ切れていら立ちを抜け出したセスタスとその仲間であるペドロ、ゲティ、エルナンドの会話。あるいは『暗黒伝』第7巻、先ほど少し触れたクァルダンと闘った後のセスタスに説教するザファルの姿。こういう場面があるから時々は力が抜けて読みやすいんですよ。

感想

「なにわt4eさんにとって、とても思い入れの深い作品みたいですね」

 はい。先ほども申しましたが私にとって人生の教科書ともいえる作品です。第1巻に関して言えば、吹っ切れて自分を取り戻したセスタスもいいですがピリピリしたセスタスも、これはこれで魅力的です。セスタスやザファル、ペドロたちの変化がかなりはっきり描かれているおもしろさがありますね。

「それにしても25年以上とは、ずいぶんと長期ですね」

 ええ。物語の長さもありますが掲載誌がヤングアニマル→ヤングアニマル嵐→ヤングアニマルWEB版→ヤングアニマルZEROと変遷を重ねており、おまけにたびたび休載を挟んでいるので、そのせいもあります。作品がつまらなければ読むのをやめればいいことなんですが、おもしろいんですよ、困ったことに(笑)。待たされますが、待ったかいはある。だから読むのをやめられないんですよ。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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