『夫と心が通わない』(アゴ山・原案、鳥頭ゆば・著)カサンドラ症候群…妻は何に苦しんでいた?

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(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、マンガにもエッセイがあるんですか?」

ありますよ。この20年くらいでしょうか、たくさんの作品が出ていてベストセラーも多いです。コミックエッセイとかエッセイマンガとかいくつか言い方はありますが、文字通りエッセイをマンガで描いたものと考えていただければいいです。

「先日取り引き先の方があるマンガを読んでとても考えさせられたとおっしゃってたんですが、それがコミックエッセイらしいんです」

何というコミックエッセイですか?

「ええと…確か『夫と心が通わない』というタイトルでした」

あ、それ私も読みましたよ。カサンドラ症候群を扱った作品ですね。ごく最近に出版された本(本書評執筆時点)です。

目次

「カサンドラ症候群?それは何ですか?」

 私なりの言葉で要約すればですが、

 ・発達障害のあるパートナーや家族との意思疎通・感情のやり取りがうまくいかない。
 ・かと言ってDVやハラスメント、ギャンブルへの熱中など目立った問題があるわけではなく家庭もそれなりに回っているので他の人から悩みが理解されにくい。
 ・それらの要因から悩みを一人で抱え込んでしまい、心身に不調をきたす。

という状態です。

「タイトルからすると、内容はカサンドラ症候群になった妻の話ですか?」

 ええ、副題をそのまま引用すれば「カサンドラ症候群で笑えなくなった私が離婚するまでの話」です。もっとも本書の場合、夫は発達検査を受けたことがないので厳密には発達障害があると断定はできません。そこはさておいて妻・アコ氏は夫・ユーマ氏のいわゆる天然キャラや穏やかな人柄に惹かれて付き合い結婚するのですが、妊娠が判明したころから少しずつ違和感を抱き始めます。

「違和感?」

 アコ氏がどんな投げかけをしてもユーマ氏自身の意見や感情が返ってこない、自分や子供に興味を持ってくれてるのかどうかわからない、一緒に笑ってくれない、的外れな言葉や無神経な言葉を悪意なく口にする、といった違和感です。

「それが『夫と心が通わない』ということですか」

 そうです。例えば、

しかし静かに聞いてくれることと理解してくれることは全く別ということ(P.29)
子どもの事は大事にはしてくれるし可愛いと口にしてる でも “共感の態度”や“笑顔”が無い だから気持ちが伝わってこない(P.62)

というアコ氏のモノローグ、あるいは「第3話 動じない」に描かれた、妊娠が判明した時のエピソードなどにその違和感が描かれています。

「一方のユーマ氏には状況はどんな風に見えているんでしょうか?」

 そこも非常に重要ですよね。詳しくは本書に譲りますが「第25話 ほしかったもの」に描かれています。あくまでアコ氏の「ユーマはこう思っているんじゃないかな」という想像ではありますが、読むと「確かにユーマ氏にはこう見えているかもしれない」と思います。この点にも言及しているところが本書とアコ氏の非凡さだと私は思っているんです。

「一つ疑問なんですが…」

 何でしょうか?

「『パートナーに発達障害があって毎日ドタバタだけどそれなりに楽しくやってます』とか『子どもが重度の障害児で大変だけど家族みんな仲良し』とか、そんなご家庭もあるわけですよね」

 ええ。

「そうしたご家庭と、アコ氏とユーマ氏みたいに離婚に至るご家庭とでは何が違うんでしょう?」

 そう思いますよね。実のところ、私も分かりません。お互いがお互いの許容範囲に収まっているかどうか、周囲の手厚いサポートや理解に恵まれているかどうか、ものの考え方の違い…仮説はいくつか立てられますが検証のしようがないし、いくつもの要因が絡み合ってそうした違いが起きることもあるでしょう。またアコ氏とユーマ氏の場合、一つの大きな出来事から歯車がかみ合わなくなったというよりは、ごく小さなズレが日に日に積み重なってお二人の乖離が大きくなったように感じます。だからこそ後戻りができなかった、私の目にはそう映りました。

「なにわt4eさんのご感想としては?」

 読むと胸が苦しくなる、でも一気に読んでしまいます。自分が悪いんだろうか、考えすぎだろうか、自分の努力が足りないんだろうか…と迷いながらも確実にアゴ氏の苦しみは募っていく。少々無責任な言い方かもしれませんが、その過程に痛いほどのリアリティを感じるんですよ。それぞれに辛かった、それぞれに苦しんだ、その結果が彼らの場合は離婚でした。

 本書で読む限りアコ氏は離婚で救われました。子どもたちも。ではユーマ氏は?彼は救われたんでしょうか?救われなくても仕方ないでしょうか?この疑問は本書をいくら読んでも解決されません。読む人が考え続けるほかないでしょう。私の推測ですが、美濃さんの取り引き先の方が「考えさせられた」とおっしゃるのもこのことかもしれませんね。
 
 私は学生時代からカナダのロックトリオ・ラッシュのファンなのですが、あるインタヴューで「あなた方は長年不動のメンバーで活動してきたわけですが、長続きの秘訣は何ですか?」と尋ねられた時に3人の誰かがこう答えています。「3人そろって同じことで笑えることだね。笑いのセンスが同じということはとても大切なんだよ」と。ベース・キーボード・ヴォーカルを担当するゲディ・リーの言葉だったと思います。ともかく本書を読んで私はこの言葉を思い出しました。アコ氏とユーマ氏は一緒に笑うことができなかった、それはこんなに大きなことだったんだと。

まとめ

 決して大げさでなく、どなたにも一読していただきたい本です。ここで扱われているのは夫婦関係ですが、発達障害の当事者と当事者でない人が本当に様々な形でかかわりあうわけですから。 なおカサンドラ症候群の定義について、巻末の対談で産業カウンセラーの真行結子氏はこう述べています。

カサンドラ症候群というのは医学的な疾患名ではないため、そもそも定義が定められていません、ですので、パートナーが発達障害の診断を受けていなくても、思い当たる言動があって、それに起因して辛い思いをしているのであれば、カサンドラ症候群と呼んでいいと思いますよ。(P.157)

 真行氏はカサンドラ症候群に苦しんでいる人がパートナーとの暮らしをどうしていけばいいかについてもアドヴァイスしています。心当たりのある方にとっては非常に参考になるのではないでしょうか。同じ対談にアゴ山氏のこんな言葉がありました。

ネットを見ていると「カサンドラ症候群って言葉に甘えてるだけ」とか「夫の悪口を言う免罪符になってるんじゃないか」とかの言葉も結構目にしてしまいます。(P.157)

 この点について私の意見は、「その言葉が当てはまる人もいるかもしれないけど『本当に苦しんでる人が見過ごされる』よりは『甘えてるだけの人が甘やかされる』方がまし」です。
 読むと本当に胸が痛くなりますが、どなたにもおすすめ、と言うよりお読みいただきたい一冊です。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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