『ここは今から倫理です』第9巻(雨瀬シオリ)「性格わっっる」

目次

先にまとめから

 生徒の迷いや葛藤に、「倫理」を通じて向き合う高校教師・高柳と生徒のかかわりを描く雨瀬シオリ『ここは今から倫理です』。第9巻に登場する生徒たちは、あるものは正義感ゆえに、あるものは両親の離婚で、あるものはインフルエンサーの影響で、苛立ったり迷走したりしています。そんな生徒たちは高柳の言葉から何をつかむのか? 自分自身をどんな生き方に導くのか?  

 若くても若くなくてもおのれの生き方や価値観を見つめ直したくなる本作は、今回も目が離せません! 

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、最近はやりのオンラインサロンって読書に関するものもあるんですね」

 詳しくは知りませんが、そうみたいですね。本の要約や感想を伝え合うんでしょうか?

「そうだと思います。あと、それを趣味として楽しむサロンとか自己啓発として読書に取り組むサロンとか、方向性も色々みたいです」

 なるほど。オンラインサロンと言えば、『ここは今から倫理です』の第9巻にもオンラインサロンの話がありますよ。

「そうなんですか?」

  ええ、生徒がオンラインサロンに参加する話です。サロンの主催者はちょっと皮肉っぽく描かれていますけどね。

「どんな生徒が出てくるんですか?」

 各話の主人公は以下の6人です。

・自分なりの正義感に振り回され気味の佐貫 「昼食は4階で…」
・極端に仲の良い女子生徒、加賀谷えみりと宇土野綾 「二人ぼっち」
・ひたすら家・学校・塾を往復する毎日にモヤモヤしたものを感じつつそこから先に進めない金町紘子 「もったいないって…」
・両親の離婚よりも、はれ物に触るように接してくる周囲に苛立つ辻龍 「カワイソウなんすか? 俺」
・ノートにシャープペンシルで絵を描くことに夢中の沢石 「可能性です」
・インフルエンサーのオンラインサロンにかぶれてオフラインパーティーに参加する与野 「無償と有償」

「なにわt4eさんが特におもしろいと思った話は何ですか?」

「無償と有償」です。

「先ほどのオンラインサロンの話ですね」

 はい。インフルエンサーにかぶれた与野はその人物が主催するオンラインサロンに参加し、高級ホテルで催されるオフラインパーティーにも必死でお金をかき集めて出席します。ただ、インフルエンサーが皮肉っぽく描かれているのに対して与野はむしろ、ここから彼自身の価値観をどう作っていくのか見守るように描かれています。それが現れているのが

…あいつ いい友達だなあ…(P.195)

という与野の独白だと思います。

「どういうことですか?」

 いわゆる「意識高い系」でその分クラスメイトを見下し気味だった与野が、自分を応援してくれる友人をそう振り返るんです。

「与野が変わったがゆえに周りに対する与野の見方も変わった、ということでしょうか」

 だと思います。高柳も、話の前半でインフルエンサーの受け売りであろう言葉をまくしたてる与野に決して否定的なことは言わず、そういう理論もあるのかと受け止めています。その日の授業内容に対して割と否定的な言葉だったにもかかわらず。そして最後に、

…与野くんは今 “夢中になれる富”を求めている だからこそこれだけ一生懸命なのでしょうね 応援していますよ…(P.192)

と、与野を肯定する言葉をかけています。

「…『高柳すごくいい奴説』が私の頭に浮かんでいます」

 ははは、同感です。

 それ以外だと「昼食は4階で…」ですね。佐貫は(自分なりの)正義感が強くて周りに苛立ったりネットでの議論ないし言い負かし合いに熱中して寝不足になったりしています。

「けっこう多そうですね、そういう生徒」

 私もそんな気がします。と言いますか、私も佐貫みたいなところがあるような…それはともかく、佐貫に高柳は

じょ”(引用者注:思いやり)だけ 忘れずに 佐貫くん そしてちゃんと夜寝るように 色々な人と議論をするのは悪いことではありませんが… 睡眠不足はだめですよ(P.32、ふりがなは原文のまま)

と(恐らく)孔子を引用して語っています。

「ここでも高柳は生徒を否定していない?」

 していません。あくまで受け入れつつ、やり過ぎに対して諭すようなスタンスです。
 他に、詳しくは伏せますが「カワイソウなんすか? 俺」で辻に

性格わっっる(P.114)

と言われて平然と

上から目線の先生ですからね私は(同上)

と返す場面もおもしろかったです。

「この作品にはよく哲学者などの名言が紹介されていますが、第9巻ではどんな名言がなにわt4eさんの印象に残りましたか?」

 親の離婚でピリピリしている辻に高柳が言った、

人間は本当に大事に思うものについては寛容になれないのが自然である(P.126)

というJ・S・ミルの言葉です。そうだよな、だから争ったりもするんだよな…と思いました。辻もこれを聞いて「ああ、俺もそうなのかもな」という表情をしています。
 あと、孔子を引用しながら語る高柳のこんな言葉はどうでしょう?

ネットにある意見などは “礼に非ざるもの”に見える事が多い なのであまり見ません(P.28)

「ははは、思わず笑ってしまいましたが、ちょっと耳が痛いですね」

 同感です。

「なにわt4eさんのご感想は?」

 もちろん第9巻全体がおもしろかったですが高柳と生徒の関係で言えば、「カワイソウなんすか? 俺」で描かれる高柳と辻の関係がいちばん興味深かったです。

「と、おっしゃいますと?」

 辻は始め高柳にも突っかかるのですが、高柳が自分も両親が離婚したので気になるのだと話したところから少しずつ高柳の言葉に耳を傾け始めるんです。

「その過程が『性格わっっる』?」

 そうです。そう言った、生徒の変化が描かれているところが『ここは今から倫理です』の大きな魅力ですね。

 そればかりじゃなく、芸の細かさもあります。第8巻で宗教二世として登場した長野が「もったいないって…」に再登場し、高柳に仏教について質問する場面があります。なるほど長野なら確かにこういう質問するだろうな、と思わせる人物造形のうまさはさすがです。

 43話と48話の冒頭に少しだけ登場する女性も気になりますね。大学生もしくは大学職員と思われますが…今後改めて登場するのではないかと予想しています。

 前後編のようなエピソードはないし複数の話にまたがって登場するキーパーソンもいませんが、ご紹介した以外の話も読み応えがありますよ。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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