『僕らは戦争を知らない』(監修:小泉悠 まんが原作:澤田未来、まんが:ふうき)「でも平和をあきらめたくない」

目次

先にまとめから~遠いどこかの話じゃない~

中学生や高校生のみなさん、
ウクライナやガザの戦争はどうして起きたのでしょう
大人のみなさん、
それを中学生や高校生に説明できますか?
そして中高生や大人のみなさん、
平和って何でしょうか?

 この『僕らは戦争を知らない』では日本の中学生・涼太とそのクラスメイトたちが、ウクライナからの避難民アンナが転校してきたのをきっかけとして「目の前にある戦争と平和」のリアリティに直面します。

 どうして戦争が起きるのか?
 戦争中の日本は何をして何をされたのか?
 平和のために私たちは何ができるか?
 世界は今どんな状態か?

 これは「口を開けて待ってたら答えがもらえる」本ではありません。そのかわり、いろんなヒントとともに「さあ、いっしょに考えようよ」と呼びかけてくれます。あなたも涼太やアンナたちといっしょに、「戦争と平和」という大きくて身近なテーマにチャレンジしてくれたらうれしいです。

 この本については「こういう人におすすめです」とは申しません。おおむね中学生以上の、あらゆる方に読んでいただきたいと願うからです。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、戦争をテーマにした児童書が最近話題だそうですね」

『僕らは戦争を知らない』でしょうか?

「それだと思います。取引先の方が興味を持っておられて、その話になったんですよ。お身内で学校の先生をされている方から『とてもおもしろいから読んでみて』と勧められたそうです」

 そうなんですか。私も読みましたが、確かにとてもおもしろい本でしたね。児童書と言うか、正確にはヤングアダルト(中高生)向けです。意見表明がはっきりしていて、ヤングアダルト向けとしてはかなり攻めた内容ですね。

あらすじ(概要)

「どんな本ですか?」

1.なぜ戦争は起こるの? ~ロシアとウクライナを例に考える~
2.戦争は遠い国の話じゃない
3.争いのない世界のために
4.今日も戦争は続くけれど

という四部構成になっていて、それぞれがまんがによる物語パートと、活字とイラストによる解説パートに分かれています。
まんがパートの冒頭では日本の中学生・涼太のクラスに、ウクライナから避難してきた少女・アンナが転校してきます。彼らは少しずつ交流する過程で広島の原爆被害やウクライナの戦禍を学びます。解説パートは1.~4.それぞれのテーマを、ウクライナ戦争を軸にしながら深めていく内容です。

この本は戦争をどんなスタンスで考えている?

「先ほど、この本は意見表明がはっきりしているとおっしゃいましたね」

 ええ。ただ、この本としての結論は出しつつも「これが正しい」と断言するのではなく、様々なヒントを示したうえで「あなたはどう考えますか?」と読者が自分で考えるように促しています。例えば、ロシアとウクライナそれぞれの主張を紹介しつつ

どちらの主張が正しいかは一概には言えませんが、どちらの行為が間違っているかは明らかです。ロシアの侵略は、国連憲章第1章第2条第4項の武力不行使原則に反しています。(P.31)

とはっきり言っています。安直にせせら笑うような「どっちもどっち」論ではなく、中立という口実で逃げるでもなく、しかしどちらにもそれぞれの立場があることもきちんと伝えています。本当の意味でバランスがとれていると思いました。

 また「戦争を起こした国は、ずっと憎まれ続けるべきなのでしょうか」(P.116)と、国と兵士のそれぞれをどう考えるかを述べているのも、本書がどんなスタンスで戦争を考えているかがうかがわれるという意味で重要だと思います。この点については後ほど詳しくお話ししましょう。

ヤングアダルト向けながら攻めた内容

「攻めた内容?」

 はい。企画・編集を担当した澤田氏がネット記事のインタビューで「児童書としてチャレンジングだった」と語っておられるように、ヤングアダルト向けとしてはかなり大胆に意見表明していると感じます。(「戦争を「直球」で伝える1冊 小泉悠さん監修、学校向け→市販化」朝日新聞、2025年8月25日)

「先ほどの、行為が間違っているのは明らかにロシアという点ですか?」

 それもあります。他には「日本の消えない罪」として、日本の加害行為をこう述べています。

当初、アジアの人々は、日本軍によって欧米の支配から解放されることを期待しました。しかし、日本軍は、現地の住民に厳しい労働をさせ、食料や物資を独占しました。女性に性的暴行を働いたとも言われています。(P.70)
日本がアジアで行ったことは、明確な侵略行為です。日本が戦争を始めなければ犠牲にならなかった命が多くあったことを、日本はしっかり受け止めるべきではないでしょうか。(P.71)

「意見が分かれることも多いテーマですが、日本の加害行為をはっきり書いていますね」

 ええ。日本が無条件降伏を初めは拒否したことについても、

日本はそれを受け入れませんでした。莫大な国費を投入し、何よりも国民の命を犠牲にして戦争を進めてきた政府や軍にとって、敗戦はこれまでの国策を否定することを意味したからです。(P.66)

としています。これが日本の被害をおさえることよりメンツにこだわった当時の政府や軍に対する批判であることは明らかです。
 反対に、日本が受けた加害行為として原爆投下をあげています。少し長いので要約しますが、アメリカの原爆投下には

・できるだけ早く戦争を終わらせ、アメリカ軍の犠牲をおさえたかった。
・ソ連が参戦する前に原爆を投下することで戦後有利になりたかった。

という狙いがあり、

・大きな空襲を受けていないので、原爆の効果を確かめるには都合がよかった。
・日本軍の拠点や軍港があるので叩けば大きなダメージが与えられる。

という理由から標的として広島と長崎を選んだと言われていることを指摘しています。(P.66)
 日米地位協定についても、

基地が集中する沖縄では、少女が米兵に暴行を受ける事件や、大学に米軍のヘリコプターが墜落する事故などが発生し、住民が度々抗議活動を起こしてきました。しかし、この協定が改定されたことは一度もありません。(P.77)

と怒りや疑問をにじませています。美濃さんのおっしゃるようにどれも意見の分かれやすいテーマですが、私は本書と同じ見方に立ちます。

「確かにヤングアダルト向けでそれだけ踏み込んで書くのは少し驚きですが、ヤングアダルト向けだからこそ踏み込んだのかもしれませんね」

 と、おっしゃいますと?

その本を読んだ若者が『だったら自分はどう考える?』と一歩を踏み出すきっかけになりそうだからです」

 なるほど、確かにそれは本書の見逃せない意義ですね。

だったら自分たちには何ができる?

 反対に、とてもヤングアダルト向けらしい点もあります。

「どんな点ですか?」

 だったら自分たちは平和のために何ができるだろう、というテーマにしっかり踏み込んでいる点です。もちろん大人にとっても大事な視点ですが、少しずつ社会に関心を持ち、いずれ世の中に出る若い人たちとしてはどうしても気になるテーマだと思います。まんがパートでも、難民支援に取り組むNPOを立ち上げた山崎陽人から話を聞いた涼太が

僕らのクラスにはウクライナから避難してきた子がいます 彼女の大切な故郷や家族のために僕らにできることってありますか?(P.99)

と山崎に問いかけています。

「具体的にはどんなことをあげているんでしょうか?」

 その前に、本書が述べる「平和とは何か」をお話ししましょう。本書はノルウェーの平和学研究者ヨハン・ガルドゥング氏が主張する平和をこう説明しています。

戦争がなくても貧困や差別などの問題がはびこる社会は、平和とは言えません。私たちがめざすべきは、貧困や差別がなく誰もが安心して暮らせる社会、つまり「積極的平和」の社会だと考えたのです。
この考えに照らし合わせると、現在の日本は平和と言えるでしょうか。日本で戦争は起こっていませんが、貧困や格差に苦しむ人々がたくさんいます。積極的平和であるとは言えそうにありませんね。(P.100)

「つまり、『僕らは戦争を知らない』が追求する平和とは積極的平和であるわけですか?」

 その通りです。それを実現する方法として、例えばSDGsをあげています(P.106~107)。SDGsとはめちゃくちゃ大ざっぱに言えば「あらゆる人の人権が保障される世界を実現する」取り組みですから、積極的平和とは切っても切り離せないでしょう。

 私が特に関心を引かれたのは「3-6 若い世代の人たちは何をしているの?」で紹介されている永井陽右(ながいようすけ)氏と稲山茉佑(いなやままゆ)氏です。永井氏は、ソマリアなどの紛争地域で若者がテロ組織に加入するのを防ぎ、テロから足を洗うのを支援するNPO「アクセプト・インターナショナル」を立ち上げました。一方の稲山氏は長崎の原爆被害を知ってショックを受けた体験から、被爆体験者の体験を聴いたりそれを子どもたちに語り継いだりする活動をしています(P.110~111)。

そして「3-7 戦争のことを調べるにはどうすればいいの?」にあるこの記述は、あらゆる人に当てはまるでしょう。

SNSでは、誰もが容易に情報発信できることから、正しくない情報もたくさん流されています。中には、人を混乱させることを目的に発信されたデマやフェイクニュースもあります。(中略)私たちはショッキングな情報を目にすると、思わず他人に知らせたくなってしまうものです。しかし、恐ろしい話や許せない話であるほど、まずは落ち着いて、新聞やテレビなどで、政府や専門家からの情報をチェックすることが必要です。(P.113)

「確かに、SNSなどでは『どうしてこんな雑なデマに引っかかるの?』と目を疑いたくなる場面が多いですね」

 ええ。そして積極的平和を築くために日ごろからできることとして「3-8 日本にいながらできることはあるの?」(P.114~115)ではボランティアや寄付、投票といった行動があげられてます。
 SDGsもそうですが、こうした行動を「偽善だ」「利権だ」「そんなことして何になる」とせせら笑うことは簡単です。バカでもできます。それらもある面では真理かもしれません。それでも一人の個人が考えて、迷って、平和を求めて小さな一歩を踏み出すことには想像を超える大きな意味があると、私は信じます。

「こうした本で学ぶことも『できること』の一つでは?」

 間違いなくそうですね。あと、ここで見落とすことのできない項目があります。

「何ですか?」

 先ほど少し触れましたが、「3-9 戦争を起こした国を許していいの?」です。

私たち日本人と同じように、ロシア人も戦争を起こした国としての責任に向き合い続けるべきでしょう。しかし、もしこの本を読んでいるみなさんが、ロシア人とかかわる機会があったなら、「戦争を起こした国の人」だと偏見や先入観をもたず、その人個人を見てほしいと思います。(P.116)
今回のウクライナ戦争をめぐり、テレビや新聞では「ロシア兵2000~4000人が死亡」などと報じられています。はじめはその数の多さに驚いても、そのうち慣れてしまい、あまり気にならなくなるかもしれません。
しかし、その失われた命の一人ひとりには、セルゲイ、イワン、デニス、ボグダンなどの名前があり、帰りを待つ家族がいました。その中には、国の命令によって仕方なく戦地に赴いた人もいたでしょう。侵略する側の人々もまた、国が始めた戦争によって平和な日常を奪われ、尊い命を落としているのです。(P.117)

国がやったことは悪くても人間に対してはその人個人を見なければならない……真実であると同時に、とても難しいことでもあると思います

 本当にそうだと、私も思います。もしその人が自分の家族や友人を殺した国の国民であれば、なおのこと。きれいごとで済む問題ではないでしょう。しろと言われてできることでもありません。それでも、最後に平和という形でケリをつけるためには避けられない努力なのかもしれません。簡単に割り切れる問題ではありませんし、私だってできるかどうか分かりませんけどね。

なにわt4eの心に残ったポイント(感想)

「この本で、特に強くなにわt4eさんの心に響いたポイントは何ですか?」

 さんざん解説パートの話ばかりしてきましたが、実はまんがパートの結末です。涼太とアンナたちは文化祭でウクライナ体験カフェを開催し、売り上げの3万円をハルキウの子どもたちを支援するために寄付しました。彼らの行いは、非常に小さなものではあります。たった3万円にどれほどの意味があるのだ、要は自分たちの思い出作りじゃないかと言ってしまえばそれまでです。しかし彼らの挑戦が誰かを勇気づけ、わずかでも子どもたちの生活を支えたことも、疑いようのない現実です。ここにあるのは、ゼロとプラスの決定的な違いだと思うんですよ。

「どういうことですか?」

 ゼロはどれだけ繰り返そうが、どれだけ積み重ねようが、当然ですが永遠にゼロのままです。しかしプラスは、よしんばそれが限りなくゼロに近いプラスであったとしても、繰り返せば必ず今より遠い所へは行ける。積み重ねれば必ず今より高い所には届く。その違いです。

この世界から戦争をなくすのは難しいのだろう でも平和をあきらめたくない 世界中の不条理から目を背けず 自分にできることを考え続けていれば 世界のあちこちにいるアンナやヨシさん(引用者注:まんがパートに登場する広島の被爆体験者)が 日常を取り戻す日が来る それが僕の“希望”だ(P.129)

 これは涼太のモノローグです。本書でも取り上げられるように、核抑止力と核廃絶の矛盾(P.78~79、P.136~137)、デマやフェイクニュースこそ早く広まってしまう現実など、彼の言う“希望”を見失う材料は世の中にてんこ盛りです。ですが私の思うには、ほんとうの希望とは現実にたいする正確な理解の上に築かれるものです。地上から完全に戦争をなくすことは極めて難しいでしょうけど、自分が笑い、誰かに笑ってもらうことはできる。そんな小さな挑戦を誰もが続けることで、もしかしたら積極的平和が実現するかもしれない。人間にとってはそれが生きるということじゃないか……本書を読んで私はそんなことを考えました。

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『夕凪の街 桜の国』(こうの史代)
 原爆投下から10年後・40年後・60年後の広島を舞台に、平凡な日常生活に原爆の影がよぎる現実を静かに描きます。原爆や戦争を強く批判する描き方ではないからこそ、かえって原爆や戦争の怖ろしさがリアルに迫る名作。

『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(絵:ベン・シャーン 構成・文:アーサー・ビナード)
 ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験に巻き込まれた日本の漁船、第五福竜丸。水爆とも米軍とも無関係な漁師たちを苦しめ、人類を脅かした水爆実験を、アメリカ人画家ベン・シャーンと日本語詩人アーサー・ビナードが静かに告発する絵本です。

『はだしのゲン』(中沢啓治)
 広島で被爆し、家族も失いながらもたくましく戦後を生き抜く少年ゲン。本作は原爆への怒りを叩きつけ痛烈に政治を批判しているのはもちろんのこと、踏まれても踏まれても生きる麦のようにたくましく生きる人間への燃えるような賛歌でもあります。

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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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