先にまとめから~「ノー!」と叫び続けるために~
あなたには許せない何かがありますか?
どうしても叫びたい「ノー!」がありますか?
勝って証明したい何かがありますか?
もしもあなたのお答えが「イエス」なら、ぜひ本書『拳奴死闘伝セスタス』第9巻をお読みください。完成された達人ソロンを相手に意地と反骨心で闘い抜くエムデンの姿が、あなたの闘志をさらにかき立ててくれるでしょう。
そしてソロンの息子ミロンの成長、一見能天気な巨人の鬱屈、拳闘外交という大望……この第9巻でも『拳奴死闘伝セスタス』は様々な人生を私たちに見せてくれます。現代に生きる私たちにも決して別世界の出来事ではない彼らの生き方を、一緒に見届けていただければ幸いです。
こんな方には特におすすめします。
・世の中に叩きつけたい思いがある方
・子どもが成長する姿を見るのが好きな方
・人の「秘めた思い」を理解したい方
※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
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美濃達夫さんとの会話
(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)
「なにわt4eさん、木村萌那という格闘家をご存知ですか?」
名前は聞いたことがあります。
「先日動画サイトのおすすめにその人のショート動画が出てきたんですが、ファイトスタイルがとてもユニークでした」
と、おっしゃいますと?
「サウスポーで構えたところから、ひたすら前足の横蹴りで相手を突き放して闘うんです」
そうなんですか、確かにユニークですね。『拳奴死闘伝セスタス』第4巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)のイオタを連想しました。
「私もイオタを思い出しました。もっとも木村萌那はもともと空手やボクシングでも実績があるらしく、戦術も本当に横蹴り一本やりという訳ではないのでイオタとはかなり違いますが。イオタで思い出したんですが『セスタス』の第9巻についてはまだお聞きしてませんでしたね」
そうでしたね。いい機会ですし、お話ししましょう。
「お願いします」
第9巻のあらすじ
第9巻はエムデン対ソロン戦の続きで始まります。「砕刃」で両拳を破壊されたソロンにエムデンは、闘えない奴をいたぶる趣味はないと降参を迫ります。これをソロンは断固拒否。しかしソロンのダメージが深刻なことには変わりなく、エムデンが大番狂わせの勝利をおさめました。試合後、ソロンがエムデンを激励して二人は別れます。
次の試合は、巨体で大会随一のロキと強打で大会随一のギデオンです。最初は人間離れしたパワーでロキが一方的に押す展開でしたが、なにやらギデオンには狙いがあるようで……。
試合の流れ
エムデン対ソロン戦──理不尽への「ノー!」、あきらめへの「ノー!」
ここには二人の人生観がはっきりと表れています。まず、偏屈な拳奴として日陰の人生を生きてきたエムデンの独白。
理不尽な軛を許せないなら 力を蓄え 牙を研ぎ闘い抜くしかない この世の権力に「異」を叫ぶ為に! (中略)師匠の教え通り世界を敵に回す以上 躓いても他人の所為にだけは決してできない!(第2章 第69話「異を叫ぶ野良犬」。ふりがなは原文のまま、以下同じ)
「エムデンは奴隷でしたね?」
はい。彼は社会の理不尽や奴隷の屈辱的な立場を、少年時代から嫌というほど味わってきました。エムデンにとって拳闘は、それに対して「異」つまり「ノー!」を叫ぶ為のものでもあるんですね。
「しかしソロンを倒して、一躍注目を浴びたのでは?」
その通り、試合が終わると観衆はエムデンに熱狂しました。しかしエムデンはそんな観衆に怒りすら抱いています。
観衆は移り気だ 「神殺し」の達成者を新たな英雄に祭り上げるが 生憎彼は無節操な変わり身を許せない性格である 忘れ難き試合前の「屈辱」 賭けさえ中止させるほど侮り嗤ったのは 何処の誰だったというのだ? この誇り高き野良犬は 愛想よく尻尾など振らない(第2章 第69話「異を叫ぶ野良犬」)
「確かに、ソロン打倒を見て急に熱狂した観衆がセスタスやデモクリトスのような理解者になるとは考えにくいですね」
ええ。彼は観衆に対しても「ノー!」を叫びます。一方のソロンですが、なんと両拳を砕かれても闘い続けました。この時の表情には鬼気迫るものがあります。
「悲観」「諦念」「妥協」 それらを拒絶し続けて 現在の私がいるのだ! (第2章 第68話「折れた双剣、砕けぬ魂」)
「両拳を破壊されてなお闘い続けるなんて、ただの紳士的なスポーツマンではありませんね。ソロンは諦めて立ち止まることに対して『ノー!』を叫んでいるように感じます」
ええ、ザファルも「あの苛烈な闘争心こそ彼の本質」(同上)と言っています。
ロキ対ギデオン戦──破壊者は火中の栗を拾えるか?
「ロキは一回戦で拳豪ハミルカルに巨体と怪力で圧勝してましたね」
はい。ただ本当に怪力と巨体だけが頼りかと言うとそうではなく、セスタスの言葉を借りれば「一戦ごとに学習する怪物」。(第2章 第77話「怯まぬ戦士」)事実、一回戦の序盤ではハミルカルにめった打ちされていましたが対ギデオン戦では最初に一撃ボディにもらったもののそれ以降、第9巻では被弾してません。
「そんな奴を相手に、ギデオンはどう闘うんですか?」
彼はいわゆる「火中の栗を拾う」タイプです。
戦場では脅えたものから 真っ先に自滅する(中略)「勝機」は死線の中にしかない! 肝要なるは死活の境を見極めて 如何に早く投げた命を勝利で「回収」するかだ!(同上)
彼は強烈無比なロキの平手撃ちを受けつつも何らかのめどを立てたようですが、ここからの闘いぶりが不可解です。せっかく接近していながら腹を撃たない。セスタスやザファルも、身長差のせいで顔面に拳が届かないのにどうして腹を撃たないのかと疑問を抱きます。
第9巻はここで終わってますが、第10巻ではアッと驚くその戦略が明かされますよ。
ミロンの成長──嫌悪から共感へ
「ところで、第8巻をご紹介いただいたときに『見逃せないのがソロンの長男ミロンです』とおっしゃってましたが?」
そうそう、エピソードとしては小さいですが彼の成長も大きな見どころですよ。第8巻で試合前にエムデンがソロンにケンカを売った時、ミロンも彼の妹セレネもエムデンを半ば脅えつつ睨みつけます。
「そりゃ子どもとしちゃそうでしょう」
当然ながら、この時エムデンに対してミロンの胸中には怒りや嫌悪しかありません。しかし試合後ソロンがエムデンを訪ねて激励した時、エムデンの元にミロンが駆け寄ってこう言います。
負けないでよっ!! 父上に勝ったんだからっ 必ず優勝してね(第2章 第71話「英雄の残照」)
「それに対してエムデンは?」
しゃがみこんで視線の高さをミロンに合わせ、彼の肩に手を置き
そのつもりだぜ! 俺はいつだって命懸けだ(同上)
と返しました。珍しく穏やかな笑顔まで浮べて。
「まさかエムデンが子ども好きとは思えませんが、いい加減に扱おうとはしてませんね」
はい。第3巻で王の訃報に触れたマレクの無念を受け止めた場面しかり、ご紹介はしませんでしたが第6巻でムタンガ対アブデロス戦をソロンとともに観戦して優れた戦士の条件とは何か尋ねられる場面しかり(第2章 第40話「戦士の条件」)、共感力や考察力といったミロンの成長がさりげなく描かれてますよね。この流れも私は大好きなんですよ。
ただ一点、気になるところがあります。
「それは何ですか?」
セレネです。ミロンと違ってこれと言った成長が描かれておらず、ソロンも本書で読む限りミロンの教育をより気にかけている様子。
「舞台が古代ローマ帝国ですから、女子への教育や薫陶が軽んじられる時代だったということでしょうか」
だと思います。そもそも女子教育の重要性が訴えられるようになったのもかなりの近代ですからね。さすがの聡明な人格者ソロンも、その点では時代の影響から逃れられていなかったのかもしれません。
エムデンとソロンの別れ
「ソロンはエムデンを激励したということですが、興味をそそられますね」
激励ではありますが、自分の経験から彼に覚悟を促しているようでもあります。
誕生と同時に破滅をも期待されてしまう「英雄」は── 「孤高」へ登り詰めるほかないんだ 逃げ場はないぞエムデン 君の健闘を祈る! (第2章 第71話「英雄の残照」)
これは決して負け惜しみや脅しではありません。ソロンはエムデンのどこか破滅的な生き方を見て、この先彼に希望は見えているのだろうかと危ぶんでいますから。
「それに対してエムデンは?」
言葉は返しませんでしたが、ソロンの言葉を静かに受け止めているように見えます。そしてソロンの一家を見送りながら(なんか調子狂うなあ……)と言いたげな表情を浮かべています。ソロンがエムデンを認めたように、エムデンもどこかでソロンを認めたように思えるんですよ。そんな自分にエムデンは戸惑ったのかもしれませんが、いけ好かなくても強いものは強いと認めるエムデンの潔さがうかがわれて、私はこの場面も好きです。
ロキとギデオン
ロキ──大男の秘めた思い
「ロキは一回戦の時、あまり詳しく背景が描かれてませんでしたね」
ええ、それはここで描かれています。彼はヨーロッパの山地で木こりをしていました。懇意にしている行商人に誘われて闘技祭に参加したんです。幼少期から体格と筋力が図抜けていて、ケンカをすれば相手が大勢でも闘いより手加減に疲れ果てるほど。ただ、そんな力はロキにとって祝福とは言い難いものでした。
「どういうことですか?」
いくら手加減しても他の子どもたちに大怪我をさせてしまうんです、恐らくケンカでなくて普通の遊びでも。遠方出身の母親は、そのたびに頭を下げては「よそ者」となじられる。村に溶け込むために無言で耐える母親の背中を見続けるうちに、ロキは地元への強烈な反発心を募らせました。ロキにとって出場は、そんな地元のムラ社会に対する「ノー!」でもあるのかもしれません。
ここじゃブッ倒そうがブッ壊そうが 誰ひとり俺に文句を言う奴なんかいやしねぇ …この「歓声」 お袋に聴かせてやりてぇや(第2章 第76話「我が名はギデオン」)
「ロキって脳筋っぽいと思ってましたが、母親思いですね」
ええ。少年時代、自分の怪力ゆえに悲しい思いをした経験もあって、意外と鬱屈したものを秘めている面もあります。
ギデオン──ユダヤ独立の闘士
対するギデオンですが、彼が闘技祭に参加したのはユダヤ独立という悲願のためでした。
「当時のユダヤ人がローマ帝国の支配に怒っていたお話しは第2巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)でお聞きしましたが、まさか優勝すれば独立できると……?」
最初は私もそう思っていたんですが、さすがにギデオンの考えはそこまで短絡的ではありませんでした。彼は優勝の褒賞として皇帝を対話の席に着かせる腹でいたんです。ローマ人が法の民を辞任するなら約束破りは最も恥ずべき行為だから対話の席には着かざるを得ない、そこから先は自分でなく適任者がすればいい、ユダヤ人による友好的自治まで持っていければ上出来だ……それがギデオンの目論見でした。(第2章 第74話「聖地の放蕩息子」)
「なるほど、夢は大きいですが現実的なヴィジョンも持っていたんですね」
ええ。彼も彼でローマ帝国に「ノー!」を叫んでいました。かつてユダヤ独立を目指す過激派に属していたもののそちらとは縁を切っています。大きな夢と現実的なヴィジョンを併せ持つギデオンは、現代でビジネスをしても成功しそうですね。
なおギデオンという名前ですが、旧約聖書にも同名の有名な人物がいます。
「どんな人物ですか?」
詳しくお話しすると長いので端折りますが、小心者だけど一旦腹が据わると勇敢、そして謙虚……という人物で、神の啓示によりユダヤ民族のリーダーとなりました。またこの名前には「破壊者」という意味もあるそうです。
そして『セスタス』のギデオンはロキをたびたび「巨人(ゴリアテ)」と呼んでますが、これも旧約聖書に登場する人物です。巨体と武勇を誇りユダヤ人を震え上がらせますが、ユダヤ人少年ダビデの石投げで殺されます。
「お前は俺に倒される運命だ、ということでしょうか」
ロキはその意味が分かってませんが、かなり強烈な挑発ですね。
感想
「なにわt4eさんは本書を読んでどう思われましたか?」
実は一番おもしろいと思ったのはミロンの成長です。エムデンに初めて対峙した時の表情と彼に肩を抱かれた時の表情、それを父に褒められて甘える表情。ここに彼の成長を感じたんです。マレクに対しても彼の王が亡くなったと聞いて、見も知らぬ王の死を悼みマレクを気遣うような表情にミロンの優しい心根が現れていると言っていいでしょう。セレネの扱いが小さいのは残念ですし、再び作品に登場することはなさそうですが、できれば今後も見守りたい兄妹です。
ロキも魅力的です。精神性という点でギデオンの方が上であるように描かれてはいますが、母親思いでそれなりに好人物なロキも私は好きですね。
試合後にソロンと、そしてミロンと会うエムデンの表情も好きですね。彼が穏やかな表情を、しかも笑顔まで見せるレアな場面です。かと言って、取って付けたような感じじゃない。偏屈だけど潔いエムデンの人物像がこれまでにしっかり描かれているからですね。
ですがなんだかんだ言っても、やっぱりエムデンの「見たかッ!!! この野郎オォオ」という雄叫びが全部持って行ってますね。現実社会でも「『持たざる者』が『無敗の王』を討つ」(第2章 第69話「異を叫ぶ野良犬」)ことが可能かと言ったら、それは容易なことではないでしょうが、エムデンが私たちの心を震わせてくれることは間違いありません。
●『拳奴死闘伝セスタス』第9巻に興味を持たれた方は、こちらの本もどうぞ。(全てAmazonの紹介ページへ飛びます)
・『拳闘暗黒伝セスタス』第11巻(技来静也)
エムデンが抱える怒りのルーツ、そしてセスタスとの因縁が分かります。食事のシーンも本当においしそうで、おもしろいですよ!
・『旧約聖書Ⅱ 王国(キングダム)~国を建てし者たち~』(あずみ椋)
翻訳が固いせいもあって日本人にはピンときにくい聖書の物語を、躍動的な漫画に仕上げたシリーズ。ギデオンやゴリアテの物語が収録されているので、ロキ対ギデオン戦をさらに楽しむ役に立ちますよ! なお本文では触れませんでしたが、ギデオンの弟サウルも同名の人物がここに登場しています。聖書のギデオンとサウルを対比させて読めば、これまたおもしろさ倍増!
・『狂った世間をおもしろく生きる』(ひろさちや)
これは『セスタス』シリーズと正反対に、仏教学者ひろさちや氏が仏教を土台に「勝ち負けなんてどうだっていいじゃん、ラクに行こうぜラクによ」と説く一冊。こういう肩の力を抜いた価値観も、これはこれで頭に入れておかないとくたびれちゃいますよね。
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