『拳奴死闘伝セスタス』第6巻(技来静也)闘いが暴き出すもの

目次

先にまとめから

 狩人が仕留めるか野獣が噛み殺すか? 陽気なナルシストと嫌味なナルシストの対決の行方は? 元三流拳闘士にして超一流指導者・デモクリトスの勝負哲学とは? 気迫に満ちた拳闘試合が人生の真理をあぶり出す『拳奴死闘伝セスタス』、第6巻もどうぞお楽しみください!

※極力ネタバレしないように書いておりますが、試合結果という意味でのネタバレは避けられません。ネタバレを避けたい方はご注意ください。

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美濃達夫さんとの会話

(架空の人物・美濃達夫さんに本書をご紹介する、という設定で書いております)

「なにわt4eさん、『拳奴死闘伝セスタス』の5巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)読みましたよ」

 どうでしたか?

「おっしゃてたように、ギデオンの強引なファイトスタイルが痛快でした。私なら、もしセスタスが出場してなかったらギデオンを一番に推してたかもしれません」

 でしょう?

「で、ムタンガ対アブデロス戦ですが、第6巻で描かれるんですよね?」

 はい。かなり異例の試合展開ですよ。

「どういう風にですか?」

 そうですね、まず第6巻の主な内容からお話ししましょうか。

第6巻のあらすじと見どころ

 第6巻の主な内容は以下の通りです。

・ムタンガ対アブデロス戦:冷めた狩人ムタンガ
・アドニス対ニコラウス戦:ニコラウスってアダルトチルドレン?
・「勝利こそ全てであり──」

ムタンガ対アブデロス戦:冷めた狩人ムタンガ

「異例の試合展開、と言うことでしたが」

 試合開始直後から二人とも睨み合いを続けたんです。観客がじれてヤジを飛ばすくらい。

「それはまたどうして?」

 アブデロスが極めつけの凶悪犯罪者であることは第5巻のご紹介でお話ししましたね? 彼は他人が自分に怯えることで自信を持つタイプの人間なのですが、アブデロスはムタンガから怯えどころか一切の感情を読み取ることができなかったんです。これは狩猟で獲物に近づくために気配を殺す技術でした。
 加えてムタンガは第7巻で描かれる出来事にも大きな影響を受けたことで、狩りに際しては極めて冷徹な人物となりました。そんなムタンガはアブデロスにとって完全に未知の脅威だったんです。

「だからうかつに動けなかった?」

 そうです。ザファルの言葉を借りれば

気配を断ち 集中を切らさず 臨戦態勢を維持したまま勝機を待つ 狩人は「忍耐」の達人だ 衝動のみに従う輩とは格が違う! (第2章 第38話「狩猟の原則」)

です。

 ここまでお話しすれば試合結果は…まあ容易にお分かりでしょう。ケダモノにふさわしい結果とだけ申し上げておきます。我流でありながら極めて合理的なムタンガの拳闘は第7巻でさらに深く掘り下げられていますよ。

 それから、後述しますがここで語られるデモクリトスの勝負哲学にも胸を打たれました。

「楽しみにしています」

アドニス対ニコラウス戦:ニコラウスってアダルトチルドレン?

 これは2回戦の最終試合ですが、ある意味では最注目の一戦ですよ。

「どんな意味で、ですか?」

 2大ナルシストの対決、という意味です。第2巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介した時に少し触れたアドニスは超人的スピードと反射神経を誇り、かつ陽気なナルシスト。天狗だけど憎めない天才児です。対して王族相手の武術指南3代目のニコラウスは嫌味なナルシスト。不遜・傲慢・冷笑的、と言ったところですね。

「分かるような、分からないような…」

 アドニスは自分の才能を臆面もなく自慢しますがそれなりに思いやりや愛嬌もあり、同僚のルスカやカサンドーラは何だかんだ言いつつもアドニスと行動を共にします。一方のニコラウスは妻や娘にも冷淡で、口に合わない酒を出した奴隷にその酒を浴びせる始末。

「なるほど、何となくイメージがわきました」

 そのニコラウスが試合前にアドニスを表敬訪問するのですがここでひと悶着あり、試合でアドニスは奇策を弄してニコラウスに再起不能の赤っ恥をかかせます。

「それがどんな奇策か…ということは読んでのお楽しみですね?」

 ええ(笑)。ただ、ニコラウスって今風に言えば機能不全の家庭で育ったアダルトチルドレンかもしれません。

「と、おっしゃいますと?」

 家名を重んじるのはいいけど笑顔や思いやりを一切見せない父親のもとで厳格に育てられたんです。父は武術指南2代目、ニコラウスは3代目として育てられたのですがその過程で友人を、さらには恋人まで父に取り上げられて徹頭徹尾父が敷いたレールを走る人生でした。

「そりゃ多少人格がすさんでも無理ないような…」  

 そうですよね。アドニスも、当然ニコラウスの来歴など知りませんが何となく感じるものはあったらしく、最後はいたわるように

肩の荷・・・を降ろしな(第2章 第45話「茨の坂」)

と声をかけています。それを見抜いたアドニスの洞察力は一目置くに値するかもしれません。

「勝利こそ全てであり──」

「ところで、デモクリトスの勝負哲学に胸を打たれたということでしたが」

 そうなんですよ!

人生の試練が凝縮された試合では 勝利こそ全てであり── 勝利だけが全てではないのさ(第2章 第40話「戦士の条件」)

「???」

 そうですよね、ここだけいきなり話されても訳が分かりませんよね。この前後にデモクリトスはこうも語っています。

真剣勝負は容赦なく人の本性・・を暴き出す 闘い方は闘士の「人格」そのものだ
敗れども観る者に深い感銘を刻みつける 栄誉ある敗者達も私は数多く見てきた(同上)

「…勝利を求めてひたむきに闘う姿には勝っても敗れても尊厳がある、ということでしょうか。アブデロスみたいなのは別として」

 だと思います。拳闘のそういうところに魅せられていると、デモクリトス自身も語っています。(同上)

「そう言えば第3巻(←本ブログの紹介ページへ飛びます)をご紹介いただいたときにも『敗者は散らず ただ再起あるのみ 不屈なる「再起者」に祝福あれ』というナレーションを挙げておられましたね。敗者に対しても描き方が本当に手厚いと感じます」  

 ええ、それもあって『セスタス』シリーズを読むのは止められないんですよね。

感想

「なにわt4eさんのご感想は?」

 何と言ってもデモクリトスの勝負哲学ですね。矛盾しているようで筋が通っていて、闘志への敬意に満ちています。ここで栄誉ある敗者達の例として描かれているのが誠心誠意王に尽くしたマレク、出直しのために体を張ったクロイソス、負け犬人生を脱出したイオタです。

「私も彼らには敬意を抱いてます」

 私もです。そして、ザファルのムタンガ評にも唸りました。

「ザファルは何を言ったんですか?」

 セスタスは2回戦でムタンガと戦うことになったのですが、セスタスが主に接近戦で強みを発揮するのに対してムタンガは長身で手足も長く、遠距離からの攻撃がめっぽう得意です。

「つまり接近するのが難しく、セスタスにとっては難敵?」

  そうです。そんなムタンガとどう戦うべきかと考えるセスタスにザファルはこう言っています。

いいか 得意の戦術を成功させてる闘士はさも 圧倒的で「無敵」に見えるが 弱点が露見されていないだけだ! 傑出した強みの裏には弱みが隠れているものさ(第2章 第47話「剣と槍」)

「何だか人生にも通じるものがある気がしますね」

 私もそう思いました。それと、この巻を読んで気になったのは「アドニスの強さはどこまでのものなのか?」ということです。

「…それは単純に『こいつ、なんて強いんだ』ということではなさそうですね」

 さすが美濃さん、よくお分かりくださいましたね。確かにアドニスは圧倒的な強さを誇る拳闘の天才であり、

お呼びじゃねえんだよ 「闘う喜び」も持たねえ男なんてな(第2章 第44話「殉教」)

と語る通り闘いに喜びを見出しています。しかし本作を読む限りアドニスは挫折というものを、少なくとも拳闘においては経験していません。

「…つまり、いつか敗北を経験したらその時はどうなるか分からない?」

 そういうことです。挫折してもアドニスは「闘う喜び」を持ち続けられるだろうか、と思うんですよ。

「その点でも、闘いが闘士の人格をあぶり出しそうですね」

 ええ。


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この記事を書いた人

名もなき大阪人、主食は本とマンガとロックです。

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